Sorry,this fanfiction was written in Japanese.

第五章 猫目石のピアス

 魔王の予想通り、後継者であるとの発表から一月もたたない内に、様々な貴族がモリガンに結婚の申し込みに来た。
 まさに、国中の貴公子からプロポーズされるご身分となった訳だが、本人はうんざりしていた。
 どの男も貴方は美しいだの素敵だのというほめ言葉に始まり、私はこれこれこんな財産を持ち、経歴があり、教養があり、と言った自己アピールを経て、二回目から三回目辺りで、誰よりも好きですだの大切にしますだのの愛の告白に至る。
 聞き飽きたというのが、贅沢ながら正直な感想だった。もっとも、ほぼ全ての男は贈り物を持ってくるので、それが楽しみと言えば楽しみだったが、たいていは、「こんな服似合わないわよ」というようなものだった。
 かくて、大半の男は一回目で断られ、二回目のお目どおりを許される者はまれだった。
 そんな日々の中、モリガンは窓辺の椅子でため息をついた。次々と訪ねて来るので、遊びにも行けやしない。


「ふぅ…魔界一の姫君の地位ってこんなに退屈なものなのね」
 そんなモリガンにおそるおそるアデュースが声をかける。
「あの……モリガン様。次の会見の時間が迫っておりますので……」
「はいはい、わかったわよ」
 とモリガンは応接室へ移動した。
 内心でむくれながら、優雅な微笑みを浮かべる。
 今回の男はかなり若い感じの男だった。魔物の年齢は見てもよくわからないが、話すと何となくわかる。前回など中年を通り越して初老だった。
 しかし、若いだけの男のようだとモリガンは少し相手をして思った。
 男は熱っぽく、モリガンにとっては聞き飽きた言葉を並べた。
「あなたに好かれるためならば、私はどんなことでも致します」
「……あなたはいいわね。やることがあって」
 つまらなそうに答える。
「私にして欲しいことは何でしょうか」
「この部屋から出ていって。二度と私に顔を見せないで」
 この時のモリガンの笑みはとても優しげだった。
 男はそんな、と小さくつぶやいた。
 脇からアデュースが引き取って、男に告げる。
「というわけでございますので、どうかご退出願えますか。次の方が待っておられますから」
 男はこれで終わったのだということを理解できない様子だったが、アデュースが促したので「それでは、また」と出て行った。
 次の男も退屈だった。
 プレイボーイ気取りの男で、これまで自分がもてたのは金をばらまいていたためであって、別に本人がいい男だからではないというのに気づかないような男だった。
「私はあなたを一目見たときから愛してしまいました」
「よくある話ね」
「その時から私の頭にはあなたのことしかありません」
「そう言う者たちがさっきから次々来たわ」
 モリガンの返事は実におざなりで男は焦ったようだった。
「ああ、そうでしょう。それでも私の愛は他の者に比べより深いのです。自分でも底知れぬほど」
「どうやって測ったの?」
「この胸の痛みが教えてくれるのです。私はあなたの声を聞き、姿を見るだけで幸せです」
 演技を過剰にすれば、女が振り向くと思っているらしい。
「なら、召し使いにでもなる?」
「…それも一案ですが、私としてはやはりあなたの夫になりたいのです。そうなれば私はこの上なく幸せになれるでしょう」
「あなたの妻じゃ私は不幸になりそうだわ。もういいわよ。来なくても」
「そ…そんな、それはあまりにも早い結論ではありませんか」
「これ以上口説いてもむだよ。さようなら」
 カチャッ…キ…パタン…!
 モリガンは応接室から出て行った。
「というわけでございますので、どうかご退出願えますか。次の方が待っておられますから」
 アデュースは礼儀正しく告げた。

「ふう、疲れたわ」
 お茶の前の予定を終え、モリガンはベッドに寝そべった。
「今日はもう嫌よ。アデュース。あなた女装して私の代わりに応対して」
「むちゃ言わないで下さい。それに次はちょっと断れないのですが」
「誰?」
「あのお方も熱心ですね」
「あら、デミトリなの。それならお相手するわ。あの男はプレゼントのセンスがいいから毎回楽しみなのよ」
「贈り物目当てですか」
「話もそうつまんなくはないけどね」
「もしかして、これまで3回も来ていらっしゃるのに返事を曖昧にしているのは、モリガン様。実は貢がせるだけ貢がせて、最後に断ろうという腹ですか」
「さあね、ふふっ」
 楽しげに笑うモリガンを見て、アデュースはデミトリに少しだけ同情した。
 あの夜以来、モリガンはデミトリにキスさえ許していないはずだ。
 男の方としては焦りがあるのではないか……。

「どうぞ、お通り下さい」
 アデュースは礼儀正しくデミトリをモリガンのいる応接室まで案内した。
「いつもご苦労だな、アデュース君。それで、モリガン嬢のご機嫌はいかがかな」
「あなた様に対してはそれなりに、機嫌よく応対して下さるでしょう」
「それならよいのだが」
 といいながら、まんざらでもなさそうに笑みを浮かべる。
「あら、いらっしゃい。デミトリ」
 アデュースの目に、デミトリに微笑みかけるモリガンは他の男のときより上機嫌に見えた。
 それでも、モリガン様は結局夫なんて選ぶ気はないんだよな……。
 内心でため息をついて、アデュースは退出した。
 
 モリガンはゆったりとソファに背をうずめながら、デミトリの話を聞いていた。
 彼の語るマキシモフ家の歴史や自分の戦歴などは、意外なほど冷静だった。
 自分に都合の悪いところはあえて話しはしないだろうが、明らかな誇張や嘘はない。
「ディストロ家の連中などは、保身と略奪ばかりで見苦しいにもほどがあると思わないかね、モリガン」
 ディストロ……ああ、資源が少ない北の地方の豪族。モリガンは思い出した。飢え死にしないためにディストロ家の領地の民は、卑怯な盗賊として生き延びるしかない。軍隊といえども、領主に雇われて国を守るというよりは、領主の命令を受けて略奪をする、他に職のない者の群れという方が正しかった。
 なので、彼らにしてみれば「他にどうしようもない」のだが、モリガンも「見苦しい」というのには賛成だった。
 モリガンはデミトリの鼻梁の辺りに視線を置いて考えた。
 他者に対する見方は、一方的ではあるが、間違ってはいない。
 頭のいい男だ。そして、誇りもある。
 傲慢であることも確かだが。
「強い者と美しい者がお好き?」
 モリガンはからかうように言った。
「品ある者も教養ある者も好きだな」
 デミトリは多くのものに恵まれた者特有の、尊大な笑みを浮かべた。
「君も美しいものは大好きだろう」
「もちろんよ」
「そういうだろうと思って、今日はドレスを持ってきた」
 デミトリは従者に運ばせて来たドレスの箱を開けた。
 白く薄い紙に包まれたそれは、深みのある赤のベルベットに、鮮やかな紅のサテンの生地の薔薇を縫い付けたものだった。そこかしこにちりばめられたダイアとルビーがきらめく。
「まあ、きれい。確かに、こういうのは大好きよ」
 モリガンは眼を輝かせた。
「着てみせてくれるかね」
 気に入って良かったというようにデミトリは微笑んだ。
「少し着替えに時間がかかるかもしれないわ」
「その位なら待てる」
 しかし、どうやら一緒に身につけるアクセサリー選びや化粧直しに時間がかかったらしく、モリガンが再び扉から登場したのは、デミトリがつい懐中時計の蓋を何回か開けてしまった後だった。
「どう? 似合うかしら」
 微笑みと共に現れたモリガンは、まさに咲き誇る薔薇のように華麗だった。
 デミトリはその輝きに少し目を見開いた。
「とてもお似合いだよ。やはり情熱の色、血の色もよく似合う」
「このドレス、あなたには教えていないはずなのに、サイズがぴったりよ。さては、あの時に見当をつけたわね」
 モリガンはくすくすと笑った。
「男がドレスを贈る時は、そのドレスを脱がせるのが目的である、というわね」
「いうまでもないことだろう」
 さらりとデミトリは受け流した。
「私は君が欲しい」
 モリガンの瞳を、のぞきこむようにして告げる。
「随分、率直なものいいをなさるのね」
 モリガンはおかしげに笑ってたずねた。
「なぜ、私が欲しいの? この前も女をひとり決闘でものにしたばっかりでしょう?」
「なぜ? 豊かな教養、高い誇り、強い魔力、優れた戦闘能力、気品のある言動、悪戯っぽい笑み、甘い声、整った顔、抱き心地のいい体……君は実に魅力的な女だ」
「まあ、ありがとう」
「だが、何よりも君は魔王の後継者だ。君を手に入れれば、この魔界全てがいずれ私のものになる」
「本音が出たわね。野心家さん」
「野心家というのは、いい男の条件と多くの女は思うものだが」
 闇の貴公子は平然と笑って見せた。
「君にとっては残念なことかもしれないが、富と権力、そして家柄で相手が決まるのが、貴族の結婚の常識だ。君も貧乏で無力で卑しい生まれの男はお断りだろう」
「お金にも権力にも不自由していないから、何にもない男でも気に入ればいいわ」
「サキュバスらしい答えだな。しかし、夫はペットではないぞ」
「あら、違うの?」
 からかうように言って、デミトリの紅い目を見つめる。
「違うな。だが、先ほども言ったように、私は君の地位だけでなく、君自身にもおおいに魅力を感じているのだよ。そうでなければ、最初に会った夜に黒蛋白石の指輪を贈ったりはしない」
 デミトリはモリガンの手をとると、指輪をはめた手に口づけた。
「嘘ではなさそうね」
 モリガンはさすがにあのときすでにデミトリが、自分を魔王の後継者と知っていた可能性は低いと思って微笑んだ。
「それでは聞くが、他に自分と魔界を渡したい男がいるのかね」
「いないわ」
「正直だな。君が自分独りの手で魔界を治めたいというなら別だが、そうでなければ君はいずれ玉座に座る男を選ばざるを得ない」
 モリガンは沈黙した。この男の言うことは正しい。自分はすでに魔王の後継者として、魔界中にその名が知れ渡る身になったのだ。やがては自ら女王になるか、結婚して夫をその座につかせるかしかないのだ。
「だから……私ではどうかね。悪くはあるまい。君は遊んで暮らせばよいのだ」
 デミトリはモリガンの手首を握って、低く囁いた。あなたのいうとおりにしますと、つい言ってしまいそうな魅力的な声で。それは「私が君の主人になる。君の問題は全て私が引き受けてあげる」という、女の魂を闇の中にからめとる、魔力に満ちた言葉だった。
「そうね。悪くはないかもしれないわ。でも今、いいとも決められないのよ」
 モリガンは手を振りほどいた。
「今日は楽しかったわ。でも、私はこれからも予定があるのよ。またいらしてね」
 薔薇色のドレスを身にまとったまま、モリガンは微笑みも柔らかに、デミトリを部屋から出した。

 アデュースに案内されてモリガンの部屋の前まで来たジェダは、廊下の奥に見覚えのある後ろ姿を見つけて、従者を振り向いた。
「あれは?」
「デミトリ様です。先程までモリガン様とご一緒でした。入れ違いになりましたね。度々いらしています」
「度々……すると話は進んでいるのかね」
「それは、お答え出来ません」
 従者は忠実そうに答えた。
「そうか……」
「あら、またいらしたのね。2度目だったかしら」
 彼を見てモリガンは静かに微笑んだ。
「ご機嫌よろしいようで何よりだ」
 とこちらも落ち着いた態度で返す。
「先ほどの男は?」
「何度もいらしている方なの。とても熱心で色々贈り物を下さるわ」
「気のあるそぶりを見せておきながら、君がわざと焦らしているとかいうことはないのかな」
「ふふっ、わかる?」
「よくある手だな」
 ジェダは指を組み替えて続けた。
「あと少しでこの女が手に入ると思うと、男は夢中で金をつぎ込むからね」
 自分が男のうちに入らないかのような口ぶりである。
「そして、そのために気が付くと、手痛い出費をしてしまっているということね」
 ジェダは知性的な微笑で返したが、その微笑には暖かさというものが決定的に欠けていた。
「君は別に特定の誰かの妻の座など望んではいないだろう。君の望みは現在の自分の暮らしが永遠に続くことだ。そして、現在の君の暮らしというのは、贅沢と気ままなふるまいとでできあがっている。
 ならば、私はそのふたつを保証しよう」
 ジェダの言葉に微かにモリガンの目が見開かれる。興味をもった証しだ。
「私の意図は君も察するとおり、アーンスランド家と姻戚関係を結ぶことだ。君自身は特に子を産む必要はない。サキュバスの血をひく子では、短命の恐れもある。私と敵対関係にある者たち、その中でも特に力をもつ者を相手にする場合を除き、浮気、捕食は自由だ。」
「あら、じゃあ、デミトリと浮気したりしてはだめかしら」
 からかうような口調でモリガンは言った。
「彼の地位を考慮するならばな」
 その言い方はまるで「1たす1は2」と言っているような冷静さだった。
「自分の不利になることはするなというのね」
「残念ながら、私は自分の利益を考えて君と婚姻関係を結びたいと願っているのでね。だからこそ、私の協力者としての君に報酬を支払おうというのだよ」
 物柔らかな口調だったがそこには、反論を許さないきっぱりしたものがあった。
「愛や肉欲ではなく、権力と金銭の名の下に夫婦の契約をしようというのね……。ま、この世界では当然のことかしら」
 と、モリガンは笑ってみせて、ジェダの目を見つめて言った。
「悪くない取引かもしれないわね」
「ここに先程言ったことも含め、細かい約束を記した契約書の草案がある。読んでおいて欲しい。一週間後にまた来るのでね」
「検討させていただくわ」
「それでは、他に質問はないかね?」
「今はないわ。それでは、もうお帰りになられるのかしら」
「君も忙しいだろう。それから、これが私からの贈り物だ」
 差し出された小さな宝石箱には深く冷たい青の宝石がひとつ入っていた。
「その石のデザインは好きにしたまえ」
「ありがとう。ネックレスかなにかにさせていただくわ」
 愛想よく笑って告げる。
「では、失礼する」
「一週間後にお会い致しましょう」
 ジェダの退出を見届けてから、アデュースは残された書類に目を通すモリガンに質問した。
「どう思われます? その結婚に関する契約書」
「とても事務的なものね。こちらの動きを巧く封じるような仕掛けもしてあるし。アデュース、後で弁護士を呼んで」
「ということはまじめに検討なさるおつもりですね」
「気に入ったわ。あの男の言うこと。自分の利益のために……愛を持ち出されるより信用出来るような気がするのよ」
「わかりました……弁護士を呼んで参ります」
 アデュースは一礼して、出て行った。

 多くの求婚者たちの相手に追われた日、モリガンはベッドで目を閉じていた。
 −どうして私が、魔王の後継者なのよ。
 本当、そんなものに選ばれたお陰で、幼い頃からろくな事がなかったわ。
 モリガンは遠い遠い日々の事を、羽布団の中で回想した。
 サキュバスは多くの場合、他の生き物とは暮らさない。例外として、愛人として貴族の邸宅などに住む場合もあるが数は少ない。
 多くの場合、彼女らのみの住処を持つが、獣たちのように野山で暮らすことは出来ず、大きな石作りの家に住みたがる。
 しかし、彼女ら自身に建築技術はなく、多くの場合寂れた街や見捨てられた館などに住み着いていた。
 夜になると彼女らはそこから獲物を求めて飛び立って行くのである。
 そのように、いつの間にか夢魔たちが住み着き、他の生ける者たちの近づかぬ場所として有名な場所が「夢魔の巣」と呼ばれる城だった。
 それは、アーンスランド家の領地の「北の暗き森」の奥の外壁の崩れた古城である。
 モリガンは幼いころ、そこで育った。
 その頃はまだ、モリガンはただ魔王のお気に入りのサキュバスとしか、仲間たちにも貴族達にも、思われていなかった。
 そしてベリオールは幼いモリガンを彼の城で育てるのはむしろ陰謀の渦の中に投げ入れるようなものだと、彼女を夢魔の巣に置いた。
 夢魔の巣に住むサキュバスの統率者、エレナ=ファルが一応の彼女の保護者となった。
 しかし、モリガンは幼い頃から気の強さと秀でた知性で、他の者を寄せ付けないような所があった。魔王のお気に入りということで、まわりの夢魔たちも嫉妬心を抱き、疎んじた。
 さらに夢魔が単独行動を好み、他者に対する好き嫌いが激しいこともあって、モリガンは独りでほっておかれた。
 彼女が長じるに連れ、その美しさは周囲の羨望の的となり、嫌がらせが始まった。
 孤独な少女時代のモリガンに友人と呼べる者があったとすれば、それはリタと言う名の夢魔だった。
 しかし彼女は種族的に夢魔であっても「半端者」と呼ばれる、男を餌食に出来ないサキュバスたちの一匹だった。
 彼女らは古城の夢魔たちの部屋の掃除や衣服の洗濯を引き受けたり、茶や香や酒などの細々としたものを売ったりして暮らしている。その大半は年老いた夢魔や力のない他の種族とのハーフなどだった。
 もう年齢的には十分すぎるほどでありながら、まだ男の精気を吸ったことのないモリガンは意地悪なサキュバスたちのからかいを逃れて、「半端者」たちのいる城の片隅でよくお茶を飲んでいた。
 そこで話し上手のリタから、彼女がかつて美しき夢魔として夜空を飛び回っていた頃に見聞きした様々な面白い出来事の話を聞いていた。
 特に、人間界への旅の話はモリガンを魅了した。
 苛酷な魔界とは掛け離れた穏やかな世界がそこには広がっている。夜、静かな闇の中に魔界の者より可憐な月の歌声が満ちる。そして、人間たちは可愛らしく美味しい。陽光は不快で危険だが、他に魔物たちを脅かすようなものはないといっていい。
 それは夢魔にとって「秘密の花園」とでもいうべき世界だ。
 リタはそんな風に語り、モリガンはいつか魔界の扉をくぐることを夢見た。
 ある時、彼女は魔王の宴に招かれ、若い男性貴族に未熟者として笑われて帰って来た。
 その男は夢魔であるモリガンを遊びでベッドに誘おうとしたのだが、モリガンはその意図がよくわからなかったのである。
「お願い、リタ。精気の吸い方を教えて。甘い夢とはどんな夢なの?」
 リタはためらったが、こう教えた。
「つまりそれは、お菓子の夢のことよ。生き物は皆、美味しいものを食べたいという欲望を持っているわ。その欲望につけこみ、心を奪うのよ」
 さらに彼女はこう言った。
「前から行きたがっていたわよね。人間界で試してみたら?」
「ありがとう。リタ。私、やって見せるわ」
 数日のうちにモリガンは、そのころはさほど警戒の厳しくなかったギラ=ギララ山を登り、人間界へと飛び立った。
 無事に扉をくぐった彼女をやわらかな風が迎えた。
 モリガンは喜びに胸を躍らせながら、獲物を探して夜空を飛んだ。
 そして窓から星を眺めていた、素朴で美しい青年に目をとめた。
 この男に決めたわ。ふふ、どんな御馳走の夢を見せてあげようかしら。
 そう思いながら、モリガンはその家の屋根に降りた。

 「獲物」とされた青年は粗末なベッドで、夢を見ていた。
 彼の傍らには、夢魔が寄り添っていた。
 その男は貧しい仕立て屋の息子で、普段の食事はパンとスープだけだった。
 腹いっぱいに食うことさえ夢のうちで、甘いものとは高価なものであり、普段は縁がなかった。
 そんな彼にとって、モリガンが差し出したお菓子の群れは見たこともないほどのものだった。モリガンにとっての「特別なパーティーでのお菓子」なのだから、当然である。
 まろやかなチョコレート。きらめくボンボン。様々な形のクッキー。蜂蜜をかけたパンケーキ、焼き立てのマフィン、ジャムを添えられたスコーン。
 クリームと砂糖をたっぷり入れたまろやかな紅茶。
 銀の皿に盛られた新鮮な果物。その甘い香り、鮮やかな色合い。中には人間界にはないものも多かった。
 貴族のアフターヌンーンティーを思わせる食卓の、もうひとつの椅子には世にも美しい女性が座っていた。その女性の身なりはとても立派で、容姿にも気品があり、彼は王女様か何かに違いないと思った。 
 モリガンは呆然とする男に、にっこり笑ってケーキナイフとフォークを差し出した。
 この夜から、男はすっかり夢の中の美女と菓子に魅了され、仕事をほうり出してひたすら寝て過ごすようになり、急速に痩せ衰えて間もなく死んだ。
 死の数日前、懺悔でその夢の話を聞いていた神父は「魔物に憑かれたのじゃ」と言って、人々に「魔物はこの男の欲望に付け込んだのじゃ。こうなりたくなければ、貧しくとも神への感謝を忘れぬように」と説教をした。
 モリガンはこうして哀れな貧しい男の精気を奪い、意気揚々と魔界に帰った。
 そして真っ先に、感謝を込めてリタに報告した。
「とうとう私一人前になったの! 男が私に心を捧げたのよ」
 と。
 だが、リタはモリガンの話を聞いて浮かぬ顔色になった。喜んでくれると思ったモリガンは少しがっかりした。でも、リタが「あなたって本当に凄いわねえ」と言ってくれたので、嬉しかった。
 ところが、それから一月もたたない内にモリガンは、彼女を邪魔に思うアーンスランドの一族の者から襲われた。危うく殺されかけ、捕虜とした者を締め上げて聞き出したところ、手引きをしたのはリタだと答えた。
 モリガンはショックを受けた。
 リタだけは味方だと思っていたのに。
 信じられない気持ちでリタの所へ行き、問い詰めた。
「なぜ、私を売ったの」
 と聞くモリガンの前でリタは服を脱ぎ捨てた。「こういうことよ」と。彼女の体には左の乳房から下腹部の辺りまで、引き攣れたような醜い傷痕があった。
「その傷は…?」
 息をのむモリガンにリタは自嘲の笑みを浮かべた。
「昔、力あるダークハンターにやられたのよ。誘惑を試みて失敗。そのおかげで二度と男を誘えなくなったのよ。現実の肉体が傷ついても、夢の中ならば美しくあれるだろうと試したこともあるけど、駄目ね。肉体を傷つけられたとき、心も傷つけられた。その傷を忘れることが出来ず、男の夢の中でも私の肉体は醜いの」
 リタは自分の裸の肩を抱いて、視線を床に落とした。
「その時から私は、夢魔としては無力になったわ。かつてはサキュバス族の中で並ぶ者がないと言われた程の私が、こんな所で物売りみたいなことをしているのはそのためよ」
 その声は深い洞窟から吹いてくる風のように、冷たく湿っていた。
「……それで、なぜ私を?」
 リタは再びモリガンの目を見て激しい調子で続けた。
「わからないの? 本当に子供なのね。私には夢魔としての未来が無い。才能に恵まれたあなたにはあるのに。私は嘘を教えたのよ。甘い夢というのは本当はお菓子の夢なんかじゃないわ。セックスを知らないの? 知らないのに、本当にケーキの夢で男を虜にしたの? あなたは天才よ。かつての私以上の。羨ましかったのよ」
 そして、リタはその場に崩折れて泣き出した。モリガンはリタもまた他の夢魔たちと同じように、自分に愚かな嫉妬を抱いていたことを知って失望し、裏切られた苦さを噛み締めた。
 自分に嘘をつき、裏切った彼女に同情出来るほどモリガンは心が広くはなく、昔自分が失ったものを嘆き続けるリタを、モリガンは思いっきり蹴りとばして、自分の部屋に駆け込んだ。
 そしてモリガンが襲われたという事件は魔王の知るところとなり、リタは魔王の後継者を暗殺する企みに手を貸したとして、死刑を宣告された。しかしモリガンが「命だけは助けてあげて」といったので、女奴隷として雑用に使われる身分となった。
 その際、事情を聞くために魔王はモリガンを呼んだ。その時モリガンは魔王に質問した。「セックスって何なのでしょうか」と。魔王はモリガンが何も知らないということがわかると、部下に「私の三番目の寝室にモリガンを連れて行け」と命じ、「私も後から行く」と付け足した。
 部下はうなずき、モリガンは連れられていった。

 モリガンは、その部屋に足を踏み入れてすぐに「普通の寝室ではないみたい」と気づいた。
 窓のない、青紫色の壁紙の貼られたあまり広くない部屋だった。敷き詰められた紫の絨毯はやたらに毛足が長く、ふかふかで歩きにくかった。
 扉の内側には、裸の女と男が抱き合って接吻している図柄が浮き彫りにされていた。
 また、部屋の中央の豪華な石作りのテーブルの上面は、大理石の浮き彫りの上に硝子板を重ねたものだった。
 それは下半身が山羊で、頭に角がはえた髭面の男が、何体もの若い薄物をまとっただけの半裸の女性と絡み合っているレリーフだった。
 大きな木の扉の裏にも、エロティックな蛇女が月光を浴びて、うっとりと岩場に寝そべっている姿が浮き彫りされていた。
 別室に続くと思われる扉にも、セクシーな猫娘が気持ち良さそうに水浴しているレリーフがあった。
 猫娘の扉を開けると、豪華な浴室だった。寝室が小さい割に浴室はなぜか広かった。大きな鏡のまわりを金色の蘭の花の彫刻が縁取る。大理石のバスタブにも、人魚が身をくねらせて泳ぐ様子が彫られてあった。その浴室の一段高くなった所にはふかふかしたマットがひいてあり、その側には肌に塗る化粧水や香油の瓶の並んだ小さな木の箱があった。
 家具は、天蓋付きの寝台と椅子、ソファ、テーブル、サイドテーブル、戸棚と割合少なかった。
 右側には大きな天蓋付きのベッドと、同じく大きな戸棚。ベッドのカーテンは薄く、中に置かれたふたつの枕が透けて見える。
 戸棚の上の方、硝子をはめた飾り棚になっている部分には、色々な道具が置かれていた。男性器をかたどった、素材が何かよくわからないもの、皮と鎖で作られた、明らかに拘束具とわかるもの、奇妙な形の小型の皮の鞭、どこにどう取り付けるのかわからない、アクセサリーと見られるもの、液体や粉末、錠剤などの入った様々な色と形の硝子瓶。好奇心の強いモリガンも、さすがにその引き出しの部分を、開けてみる気にはならなかった。
 だがその部屋で一際目立つのは、入って目の前の壁に掛けてある、頭にコウモリの羽根のついたサキュバスがベッドに寝そべり、若い男を誘惑しようとしている絵だった。
 その女は全裸で、服を着たままためらうような様子の男の肩に、長い爪の生えた手を乗せ、唇を吐息をつくように半開きにしていた。
 そして、男の片手は女の両の乳房の間に置かれていた。
 その絵はある意味よく描けていて、モリガンはそのサキュバスの表情や姿態に、「妖艶」と言われる夢魔の巣の先輩たちによく似た色気を感じ取った。そういえば、雰囲気はモリガンの知る彼女とは全然違ったが、この夢魔の顔立ちはリタによく似ているような気がする。全盛期のリタがモデルとなったのかもしれないと、モリガンは思った。
 その部屋のレリーフや絵はどれも妙に写実的で、その癖現実の風景の薄汚さを排除していた。
 そして、描かれている女達は皆肉感的で、胸を突き出したり、腰をひねったり、尻をこちらに向けたりしていた。
 魔王の寝室にしては、かなり下品だ。
 モリガンにはその部屋の淫らな雰囲気は、どす黒く自分を脅かすものに感じられた。絵や置物、扉や机さえも彼女に緊張を強いた。それは、そういうものを楽しむにはまだ若い者が、性的な表現に出会ったときに感じる、プレッシャーだった。
 布をかけた、大きな柔らかそうなソファーに座る気にもなれず、モリガンは立ったまま、魔王を待った。
 ベッドの側のサイドテーブルには、女の肉体をかたどった瓶が置かれていた。中に琥珀色の液体。おそらく酒だろう。それと繊細な細工のグラス。そして、水差しとタンブラー。
 蓋付きの硝子の器に入った、酒のつまみと思われる、干し肉とチョコレート。
 落ち着かない様子で、辺りを見回すと、モリガンにはだんだんと自分が教えられようとしている「何か」がおぼろげながらわかるような気がしてきた。
 こういうのは、きらいだわ。
 過剰なほどの性的な記号に囲まれて、モリガンはそう思った。その時、
 ガチャ……と扉が開けられ、蝋燭を片手に独りの男が部屋に入って来た。
 壮年の年頃の、背が高く、立派な骨格を持った男だった。
「待たせたな」
 低く、だがよく通る声。
 モリガンが滅多に見ることのない、人間に似せた姿だったが、その辺りを威圧する気配は、間違いなく魔王ベリオールのものだった。
 彼はコトリと燭台を机に置いた。
 ベリオールの長い黒髪は後ろに撫でつけられ、肩甲骨の辺りまで垂れていた。
 目は金色というよりも琥珀色で、顔の彫りは深く、切れ長の目は冷徹さを感じさせた。
 肌には張りがあったが、骨の浮いた顔の造作や、血の色の薄い唇や、表情のつくる微妙な雰囲気は初老とさえ言えるほどに、歳月による成熟を感じさせた。
 そして、魔王がつけていたのは、猫目石のピアスだけだった。
 神秘的でしなやかな獣の瞳のような、その金色の輝きに一瞬目を止める。
 指輪や冠など、他の装飾品を一切つけていないのに、モリガンはなんとなく違和感を覚えたが、後日そういう時に大きな石のついた指輪など危険なだけだから、外していたのだと理解することが出来た。
 ベリオールは部屋の雰囲気に呑まれて、体をこわばらせているモリガンに、微かな笑みを浮かべてみせた。
「おびえなくてもよい」
 そして手でモリガンに、ソファに座るように示した。モリガンが座ると、彼女が向かい合った椅子に座るのかと思っていた魔王は、モリガンのすぐとなりに座った。
 猫目石の輝きが目の前に迫る。
「そんなに怖い顔をするな。『やらなくちゃいけない』と思っているのだな」
「だって、そうじゃないの。やらなきゃ一生無能だの未熟だのといわれるんでしょ」
 詳しいことはわからなかったが、服を脱がされるらしいということは、モリガンにもわかった。
 彼女は他者に触られるのは嫌いだった。だが魔王はそれをおそらく承知で彼女の肩を抱いた。
 モリガンの肌の触れられている所が、ちりちりと痛んだ。緊張のし過ぎだとは自分でも思う。
「悔しいから、が理由かね。あんなことのあった後では仕方なかろうが、『私のまだ知らない楽しいことが、待っている』と思った方がいい」
「それは大人たちがこそこそと、暇さえあればやっていること?」
 彼女とて、そういう「密やかな楽しみ」に憧れたことがないわけではない。しかしこの状況は漠然と思い描いていたものより、威圧的で生臭かった。
「その通りだ。しかし何をどうしているかは知らないだろう」
 黙ってうなずく。
「愛人に高い地位を与えた色ボケと言われたくはなかったので、あえて手を出さずにいたのだがな。まだ何も知らぬのなら、教える他はあるまい」
「ええ。教えて下さいませ」
 モリガンは色気のかけらもない調子で言った。声があまりにかたい。
 魔王はモリガンの上着をするりと脱がせた。ソファーの背にそれを引っかける。
「その不安を取り除くためには、手順の説明からがいいだろう。耳を貸したまえ」
 モリガンは従い、魔王は低い声で、これから体のどういうところを、どう使っていくのかを、その耳の穴に流し込んだ。
「まずは、キスからだ。これは知っているな。互いの唇をつける。そのまま離す場合もあるが、舌を入れる場合もある。その場合は……」
 内容はほとんどマニュアルの朗読に近かったが、落ち着きと深みを備えたその声は長くきくうちに、モリガンを安心させていった。
「わかったかね」
「はい。でも、それで本当に気持ちがいいの?」
「本来生殖のための行為だ。だから誰にでも簡単に出来て、気持ちがいい。祖先達が快楽を求めたおかげで、我々とこの世界は存在する」
「子をなすため……」
 箱入り淫魔には実感のない話だったが、理屈としてはわかった。
「その根本において性交は、交尾だ。しかし根がそうでも、種の進化や文化の発展によって、幹は伸び、枝は張り、葉は茂り……花が咲く。その花こそ香しい」
 魔王はそこでいったん言葉をきった。
「おまえはその花そのものとして咲くべき者だ。やがては大輪の花となろう。お前は美しい」
 モリガンは素直にうなずいた。安心感が彼女のこわばりを溶かし去っていた。
「私が後継者に選んだ女だ。お前こそは特別だ。お前がお菓子と微笑みだけで男を堕としたと聞いて、やはり天才だったかと私は嬉しかったぞ」
 彼は、モリガンを抱き寄せ、接吻した。モリガンは快くそれを受けた。
 そして魔王は夢魔の娘の肩を抱いたまま、ベッドへと連れていった。

 それから二百年たった今でもモリガンは、皿に並べられたクッキーなどを見ると、ふとリタのことを思い出したりもする。
 事件からしばらくたった後、彼女もいじめられていた頃があったという話を聞いた。かつて美しかったリタが、美と共に力を失った時、夢魔たちはいい気味だとばかりに彼女を仲間外れにしたのだという。
 彼女は淋しさから、同じく仲間外れにされて居場所の無かった自分をかまってくれた。その時は自分は優しくしてくれる人なら誰でもよく、リタが何を思っているかなんて、考えもしなかった。
 そして、それ以降自分は女の友人など作らなかった。
 男がつかの間の情事の相手であるように、女も一時の話し相手。
「誰も信じないわ……」
 ぽつりとつぶやいて、モリガンはつくづく思う。
 夫を持った所で、自分の生活が安全になることなどないのではないかと。
 夫は味方にもなり得るかもしれないが、同時に厄介な敵ともなり得る。なまじ頭のいい男や力のある男は油断ならない。愚かな男や弱い男は……願い下げだ。夫の面倒を見るためになど結婚したくはない。
 独り(保護者付き)が一番面倒臭くも無く、気楽で、安全だと思うのに、なんで昨日も今日も求婚者のお相手なのかしら。
「本当に嫌になっちゃう! こんな茶番はさっさと終わりにしたいわ」
 モリガンは天蓋の下で、思いっきり声をあげた。そして、呼び鈴の紐を引いてアデュースを呼び付ける。
「お呼びですか、モリガン様」
「アデュース。くじ作ってちょうだい」
「は?」
 アデュースは今度は一体何だろうと目を丸くした。
「面倒臭いから、くじ引きで結婚相手を決めるの」
「お断りします。絶対モリガン様はくじで決まった相手に、顔が悪いの体が弱いのと、けちをつけるでしょうから、くじでも決まりません」
「じゃ、どうすればいいのかしら」
「ベリオール様に決定を頼めばよろしいのでは」
「それも何かね。でも、誰になさる気かしら」
 ベリオールに相談したりしたら相手どころか、そのまま式の日取りまで決められそうだ。
「ジェダ様がいいかもしれないというようなことを、言っておられました」
 アデュースは用心深く答えた。
「歯切れが悪いわね」
「何しろ本心を明かさないお方ですので」
「あなたはどう思うのよ」
「デミトリ様でいいんじゃないかと、思ったりもするのですけど」
 アデュースは思慮深げに答えた。
「全く、歯切れが悪いわね」
「すみません。色々と複雑な問題が絡み合っていまして」
「これじゃ私が迷うのも当然じゃない」
 フウ、とモリガンは聞こえよがしにため息をついた。
「それにしても、なぜ、デミトリの方がいいとあなたは思うの? 」
「ジェダ様の方がお嬢様を自由にさせてくれるだろうというのは、確かでしょう。でも、冥王様には、自分以外すべて愚かな他人と思っているような冷たさがあります」
「それはそうね。この魔界すべてが嫌いだと思っていそうね」
 モリガンは特有の鋭さで、ジェダの世界に対する絶望と、生けとし生ける者全てへの侮蔑を見抜いていた。
「デミトリ様は、自分のものだと思ったら、自分のやり方で大切になさるでしょう。本人も、自分は女を大事にする男だと言っておられます。実際収集した資料によると、彼の従順なる愛人たちの多くは、彼の財産や権力、本人の魅力などにひかれて、自ら彼に喉を差し出した者たちですし、彼女らの待遇もよろしいようですよ」
 モリガンはふうん、という感じにその話を聞いていた。彼女にとって自分が男に大切にされることはある意味当たり前のことだったので、他の女達の「私を大切にしてくれる男がいい」という切なる願いはピンとこなかった。
「でも、そういう愛はうっとうしいの。ご自慢のコレクションの一番大粒のダイアモンド。そんなのごめんだわ」
「やっぱり、そうですか」
 アデュースは苦笑いして見せた。
「彼も戦う相手ならば、悪くないけどね」
 アレも悪くはなかったわね……とモリガンは内心でつぶやいた。
「私たちよいケンカ友達でいましょうね、と断りますか。ともかく、この魔界で生き延びる手段として誰を選ぶかということは重大な問題で……」
 アデュースは言葉の無力を知りながら、話を続けようとした。
 しかしモリガンはそれを遮った。
「……やっぱり、私と同じ程度かそれ以上に強い男がいいと思わない?」
「え? まあ……」
「決めたわ。武道会を開くのよ」
「あ、舞踏会ですね」
「いえ、武道会。この前デミトリが、えーと……名前忘れちゃったわ。……誰かと女をめぐって決闘していたけれど、それの大規模なやつを開催するの」
「モリガン様。優勝者に贈られる賞品になりたいんですか?」
「私のために多くの男が戦うのよ。女冥利に尽きるわね」
「完全に、面白がっていますね」
「うふふ。とりあえずそういうことだから、ベリオール様にそう報告してくれないかしら」
 夢魔はさっきまでのため息が嘘のように、明るく悪戯っぽい笑みを浮かべた。



                           第六章に続く


 2000.6.14.脱稿

 作者 水沢晶

 URL http://www.yuzuriha.sakura.ne.jp/~akikan/GATE.html

 

THE GATE TO DARKNESS TOP