吸血鬼の起源 -伝染病と腐らない死体の時代-
 

 ヨーロッパ民間伝承の吸血鬼というのは、デミトリよりはバイオハザードのゾンビに近いようなものだった。(かゆ・・・うま・・)
 埋葬時そのままの衣服か、死者のための衣をまとい、愚鈍にうろつきまわる死に損ないの農民。身だしなみなどということを考えるような知能はなく、衣服や口元は汚れ、死臭が漂う。
 また彼らは牙を持つとは明言されていない。むしろ、「先の尖った、刺のついた舌」の方がよく言及される。犬歯の位置に生える牙(菊地秀行に書かすと「乱杭歯」)は小説以降の吸血鬼の特徴である。
(デミトリの歯が全て牙になっているのは、彼の凶暴な一面を表現するための独自デザインとして評価すべきだろうか?)
 そして彼らは永遠を生きるとは限らない。多くのイスラム教ジプシーは、吸血鬼はたった数カ月しか生きないと信じているし、また彼らがさまようのは40日間だけだと主張するジプシーもいる。セルビアとアルバニアにおいては、屍鬼というものは30年以内に滅ぼさねば、人間になって新たな名前で世界を旅すると言われている。
 伝承吸血鬼は多くの種族が空を飛べる。蝙蝠や霧に変身することで飛ぶことを可能にする者もいる。しかし、ケープを翻して飛ぶことはない。吸血鬼に裏地の赤い黒マントがつくのは、「吸血鬼ドラキュラ」がベラ・ルゴシ主演で舞台化されてからだ。
 さらに、伝承吸血鬼の顔色は赤黒く、格幅がよい・・・。
 青白く、痩せていることになるのは小説以降である。(筋骨たくましくなるのは、アメコミ以降。あ、DIOも結構いい体していたね)
 なぜ、そうなるかというと死後少したった死体を掘り出し、その死体が腐ってなかったとしよう。その死体は腐敗の過程で細菌が発生させたガスによって少し膨らんでいる。
 昔の人はこれを「血を吸って太ったのだ」と解釈し、その死体は吸血鬼であると結論したのだ。
 なぜ、人の死体は腐るのか・・・・今なら「細菌が食べてしまうから」とみんなが答えるだろうが、顕微鏡が発明され、細菌の研究がすすむまでは、「死者の国がその者を受け入れるから」というように考えられていた。土中の水分の不足や寒冷な気候が原因で死体の腐敗が遅れただけで、その胸に杭を打ち込んだのだ。
 では死にきれない者とはどんな者か? 
 人が吸血鬼になるとされる原因の一例をあげよう。

「聖なる日の妊娠
 早すぎる乳離れ
 乳離れの後の授乳
 洗礼前の死
(じゃあ、日本人はみんな死ぬと吸血鬼か? あ、そうか。ここは「神の国」だったか。じゃあ大丈夫か)
 呪い
 妊娠中の母親の塩分摂取不足
 自殺
 妖術・魔女術
 不道徳な生活(売春、殺人・・)
 人狼
(・・・人狼? じゃ、ガロンを殺すとデミトリのお仲間になるんですか? それは凄い)
 吸血鬼に殺される
 溺死
 横死、殺人
 猫やその他の動物が死体の上を飛び越える・・・・等」

 キリスト教がやってはいけないとしていることをすると、死後吸血鬼になることが多いようである。
「生者の国で居場所なき者は、死者の国でも居場所が無く、生と死の間をさまよう」という、日本人からすると「許しという概念は欧米人には希薄なのか?」と言いたくなるような思想の元に、「腐らない死体は吸血鬼である」という民間伝承が生まれる訳だ。
 ルーマニアをはじめ吸血鬼伝承のある国は大抵北の方の寒い国である。(デミトリは出身地は魔界だが、ルーマニア在住で東欧ラテン、スラブ系の名前の吸血鬼だ)
 逆に温暖多湿の日本は死体がとても腐りやすい国なので、日本では死者は肉体のない怨霊と化してさまよう。
 だから、日本にはヨーロッパのような吸血鬼伝承が存在しない。
 その当時欧米では死者はほぼ全て土葬されていた。吸血鬼を退治する最後の手段は「掘り出した死体を焼く」ことだったが、そうそう簡単に焼けるものでは無かったようである。中世は燃料といえば「薪」しなかった。ガスも電気もガソリンもない。電球の歴史などたかだか100年。200年前、夜はとても暗かったのだ。

 病気は、悪い空気によって起こり、その悪い空気は汚い沼のようなところから湧いてくると、1800年代当時の医者、知識人、哲学者や科学者は考えていた。一般の人達は、悪い行いをしたので神様が天罰を下したのだとも悪魔の仕業とも解釈していた。これらの考えを「悪気説またはミアズマ(悪い空気の意味)説」と呼ぶ。病気が細菌やウイルスという小さな生き物によって起されるという現在の考えは、今から百数十年前にパストゥールやコッホという細菌学者が活躍するまではなかったのだ。
 それでは、簡単に「細菌学」の歴史を紹介しよう。

 顕微鏡で細菌の観察が行われるようになるのは1600年代である。
 16世紀以来一般に信じられていた、生物は無生物よりできるとの自然発生説。1700年代半ばは、英国の生理学者ハービーが1650年に唱えた「すべて動物は卵より生ずる」との新原則により世界の博学者達が多少動揺してきた時代でった。
 そのさなかにスパランツァニーという学者は「総ての生き物は生き物より生ず」という原理を樹立した。
 この時 スイスのドサウスュルは、“微生物は2個が会合して、殖えるのではなく2個に分裂して増殖するのである”とのを考えを発表した。
 その後、フランスのナポレオンが世界征服の途につこうとする年、またドイツのベートーベンが生まれた年の1799年に、偉大な発見者スパランツァニーは中風が原因で死亡した。
 スパランツァニーの死後約30年間は、微生物の研究が全く世間から忘れられていた。その間に蒸気機関の発明や、電信の開通があって、世は交通貿易発達におどろくべき発展があった。しかし、顕微鏡でしか見えない微生物に人体をたおす偉大な力があること、更にデンプンからアルコールを造る魔力のような力のあることを末だ誰も知る事はなかった。
 1831年10月のある日、9歳の子どもが、フランス東部の一山村において8人の農夫がつぎつぎと狂犬に咬まれて死亡した惨状を見て、その狂犬の恐ろしさを目のあたりにし、狂犬とはなんだろうと父親に聞いた。父親は狂犬病は悪魔の仕業であると答えた。その子供こそ、後に狂犬病ワクチンを作って人々をすくい、医学を進歩させる大細菌学者ルイ・パストゥールであった。
 パストゥールが発酵が微生物によるものであることを明かにし、また、ブドー酒などの腐敗が雑菌の作用によるものを証明し、この雑菌が空気中に存在することを唱えたところ、宗教家は自然発生説の敵、宗教のかたきと叫んだ。神はそのような無用のものを造ったはずがない。更に人体に有害である生物を造るはずがない、とも叫んだのである。
 細菌が伝染病の原因である・・・コッホの手によって病原菌が純粋培養されて、この説が証明され、その学説が世界に広まるのは1800年も終わり頃である。
 それ以前は悪魔や吸血鬼、悪しき空気が人々を病にしていたのだ。
 小説以降の吸血鬼の獲物は、親族以外の異性と決まっているが、民間伝承の吸血鬼は自分の妻子や友人などの親しい人を闇へと連れ去る。
 ある村で人が次々に病で死ぬと人々は、最初に死んだ者が吸血鬼となって、親しい者達の生き血を啜り、殺したのだと噂する。
 今なら、「病気が移った(細菌が人から人へと感染した)」ですむ話だ。
 我々にはもはや、吸血鬼の本当の恐怖を実感することは出来ない。

 細菌によってものは腐り、病気は人から人へ細菌が感染することが原因であるということが「一般的常識」になったのはたかだか、百数十年・・・・そして「吸血鬼」の弱点とされるものの多くは実は細菌の弱点でもある。
「火に弱く、流れる水をわたれない」というのは細菌の特徴でもあるかもしれない。熱せば多くの細菌は死ぬ。また、伝染病を媒介する鼠の行動様式から考えて、地続きの隣村に比べ、川向こうの村には疫病が広がり難かったというのは、当然のことだろう。
 ちなみに、にんにくも匂いの成分に殺菌効果のある野菜だ。栄養もあるので、よく食べてると病気にかかり難くなりますよ。(なにしろ、発ガンを予防する効果もあるとか・・・)
 このように長らく吸血鬼とは、それの実体は何なのか、と問われた際の答えが「細菌(伝染病、特に黒死病と呼ばれるペスト)」であるようなものだった。
 だが、生物学者達の功績によって、人が次々に死ぬ謎は解かれ、吸血鬼はその実在の証拠を失う。
 こうして、吸血鬼は民間伝承から、都市に住む人々の怪談に登場する魔物へと変貌を遂げていく。

 ちなみに、吸血鬼小説の嚆矢と言われるポリドリの「吸血鬼」が発表されたのは、1819年。
 まだ、伝染病の正体が細菌であるとわかっていなかったころである。

 デミトリには日光以外、一般に吸血鬼の弱点とされる弱点がないという事に関して「風情がない」みたいな言い方をされるが、別にデミトリは鼠や伝染病じゃないので、流れる水が平気でも、なんの不思議もないのではないか? たぶん、彼は平然と河を泳げるだろう。(というか、飛べる)

 

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