吸血鬼の容姿の歴史
 

男吸血鬼の容姿の歴史

 最初の吸血鬼小説、ジョンポリドリの「吸血鬼」The Vampyre(1819)が書かれるまで、吸血鬼とは死に損ないの農民であり、美青年の貴族ではなかった。
 「吸血鬼」において吸血鬼ルスビン卿はこう描写される。

「きっとあの死人のような灰色の目のせいよ、というのもある。たまたま目がとまった人の顔を、凝と見つめるでもなく、ちらと眺めるだけで心の奧の奧までも見通すような目。」
「顔色あくまですぐれず、はにかみの心や感情の昂り等から面に血の気がさしたことがあるとも見えなかったが、顔立ちはととのって美しい」「吸血鬼」ジョン・ポリドリ作 今本渉訳

 顔色青白く、物憂げながら眼光鋭い美青年である吸血鬼がここに誕生したのだった。
 ちなみにこのルスビン卿のモデルはバイロン卿だと言われている。そのバイロン卿を吸血鬼と設定した小説「真紅の呪縛」で描写されるバイロン卿の容貌はこうである。

「黒い巻き毛が、この世のものとは思えぬ肌の青白さをくっきり引き立てている。顔の造作は繊細で、氷の彫刻を思わせた。」「真紅の呪縛」The Vampyre:The Secret History of Lord Byron(1995)トム・ホランド作 松下祥子訳

 肌が青白いのは実の所、バイロン卿個人の特徴だった。民間伝承の吸血鬼の肌は、血色がよく赤黒い。
 実はポリドリの「吸血鬼」においては、「牙」の記述はない。
 被害者の喉に2つの傷などという描写は、民間伝承の吸血鬼伝説には、事実上存在しない。伝染病の死者の喉にそんな傷などないから、いい伝えにはならなかったのである。
 東スラブ等の民間伝承では、先の尖った、刺のついた舌の方がよく言及される。
 では「吸血鬼」では被害者の傷はどう描写されているか。

「首すじと胸もとは鮮血にまみれて、喉は血管を喰い破られ、そこに歯形が見てとれた」

 どうやら一撃必殺らしく、かなり凄惨な有り様のようだ。
 1847年発表の「吸血鬼ヴァーニー」Varney the Vampireも貴族の吸血鬼の物語で、牙を持つ吸血鬼がここで明確に登場する。
 昼間出歩かないのだから、貴族のルスビン卿やドラキュラ伯爵が夜会服で社交場に出てくるのは当然であろう。
 服装が礼装なのは身分とTPOの問題に過ぎない。

 意外な話だが、小説版ドラキュラで描写されるドラキュラの容姿はほとんど後世の吸血鬼像に影響を与えていない。あえて言えば、「背が高い」という点くらいか。原作の彼の顔立ちは美形ではなく、ごつく男臭いものである。

「伯爵の顔は精悍な荒鷲のような顔であった。肉の薄い鼻が反り橋のようにこうもり高く突き出て、左右の小鼻が異様にいかり、額がグッと張り出し、髪の毛は横鬢のあたりがわずかに薄いだけで、あとはふさふさしている。太い眉がくっつきそうに鼻の上に迫り、モジャモジャした口ひげの下の「へ」の字に結んだ、すこし意地の悪そうな口元には、異様に尖った白い犬歯がむきだし、唇は年齢にしては精気がありすぎるくらい、毒々しいほど赤い色をしている。そのくせ耳には血の気が薄く、その先がいやにキュッと尖っている。顎はいかつく角張り、頬は肉こそ落ちているが、見るからにガッチリとして、顔色は総体にばかに青白い。
 さきほどから、自分は伯爵が膝の上にのせている手を暖炉の火あかりのなかで見て、色白なきれいな手だと思ったのだが、今近々とそばで見ると存外不格好な、指の寸のつまった、四角張った手であることがわかった。ふしぎなことに、その手の真ん中に、ひとかたまり、毛がモジャモジャはえている。爪は長い、見事な爪で、先を鋭く尖らして切ってある。」「吸血鬼ドラキュラ」Dracula(1897)ブラム・ストーカー 平井呈一訳

 どうだろう? かなり平均的日本人のドラキュラ像と違うのではないだろうか。

 最初のドラキュラ映画は「ノスフェラトゥ」Nosferatu(1922)だが、この映画化はブラム・ストーカーの遺族からの版権が降りず、吸血鬼の名をドラキュラからオルロックに変更するなどしてごまかそうとしたが、著作権裁判で敗訴。映画は小説の著作権が切れてから公開された。この吸血鬼の容姿についてはこの映画のリメイクであるShadow of the vampireのサイトを参考にして貰いたい。彼がジェダの元ネタの一つであることがよくわかるだろう。

 現在のようなドラキュラスタイルが決定されたのは、ハミルトン・ディーンとジョン・ボルダーストンによる「ドラキュラ」のニューヨーク版の舞台からである。オールバックの髪に、黒の礼装、黒と赤のマント。その舞台でドラキュラを演じた役者ベラ・ルゴシ(1882〜1956)はユニヴァーサルスタジオの「魔人ドラキュラ」(1931)の主役にも抜擢された。かつてロミオを演じたほどの2枚目で、「魔人ドラキュラ」で爆発的な人気を得た彼は、ハリウッドのどのスターより多くのファンレターを受け取り、その97パーセントが女性からのものだった。
 原作で「存外不格好な、指の寸のつまった、四角張った手である」と描写されたドラキュラの手に対して「形良く整って、指は長く、滑らかに動く」というイメージを与えたのは、彼の演劇的な演技だった。なお、この映画でルゴシは付け牙をしていない。
 だが、後年座骨神経痛の治療のため、ルゴシはモルヒネに耽溺し、「外宇宙よりの第九計画」(1956)を撮影中に死亡。彼は舞台で裏地が赤の黒ケープを翻し、遺言によりそのケープを身につけた姿で葬られた。
 いまやベラ・ルゴシというと役者名としてではなくティム・バートンの「エド・ウッド」(1994)という映画(淀川長治の解説)に登場する役名としての印象が若い映画ファンには強いようだ。
 このドラキュラスタイルを基本的には踏襲する形で、クリストファー・リーの「吸血鬼ドラキュラ」(1958)も作られている。現在多くの人が「ドラキュラ」と聞いて、思い浮かべる顔は実の所、リーの顔なのである。彼のドラキュラについては海外のファンサイトを参照。
 手元にあるVampirella数冊を見ると古いアメコミの場合ドラキュラ(中年男性吸血鬼)の服装はルゴシのドラキュラをモデルにしているような気がする。白いベストはルゴシのドラキュラの特徴なのだ。ちなみに女性吸血鬼の衣服が不自然に肌に張り付いているアメコミといえど、ドラキュラの服がデミトリのように肌に張り付いていることはないので、誤解無きよう。

 スティーブンキングの「呪われた町」(1975)はドラキュラにオマージュを捧げている作品である。なので、キング自ら「我がドラキュラ」というバーローの容姿は、アメリカの田舎町に引っ越してくる男にしては、不自然なほど吸血鬼らしい。


「消えかかった火明かりの中で見るその顔は、頬骨が出っ張っていて、思慮深そうだった。髪は白かったが、その中に妙に男っぽい感じの鉄灰色の縞がまじっていた。男はその髪をホモのコンサート・ピアニストか何かのように、蝋のように青ざめた広い額のほうから上の方に撫でつけていた。目は赤々と燃える燠の輝きを反射して、まるで充血しているように見えた。」

 これが映画化されて、「死霊伝説」「新・死霊伝説」になると、原作で三揃えを着ているバーローはルゴシのドラキュラにも、リーのドラキュラにも似ず、オルロックに近い容姿になるのだが。
 
 その後のドラキュラの容姿の歴史において特筆すべき存在がいるとしたら、フランシス・フォード・コッポラ監督の「ドラキュラ」Bram Stoker's Dracula(1992)だろう。ゲイリー・オールドマン演じるこのドラキュラの外見は、実在のヴラド公の容姿を参考に作られている。英国を訪れた紳士らしいシルクハット付きの正装に口ひげ。実は口ひげの存在は原作でも言及されているのだが、ルゴシもリィも口ひげなしのドラキュラだった。予告編が見られるサイトはIMDbである。(要メディアプレイヤー)。画像はこちらのサイト。なお、ヴラド公の容姿に関しては、このサイトに掲げられた肖像を参考にされたし。
 実はこのヴラド風の吸血鬼は、ブラム・ストーカーの小説の描写に近い。当時ヴラド公の政敵が「彼がどれだけ残忍な君主か」を宣伝するために作った、木版画のパンフレットにはヴラドの顔が刷られている。そして、ブラムは大英博物館でその顔を見たと思われるのだ。だから、ブラムの小説の映画化としては、あの容姿は確かに正しいのだが……一般の観客にとっては今なおリーやルゴシの容姿が「正統なドラキュラ」であろう。

 実際、吸血鬼の容姿の歴史とはドラキュラの容姿の歴史である。ドラキュラ以外に日本人にその容姿を広く印象づけた男性吸血鬼がいるとしたら、それはトム・クルーズ演じるInterview with the Vampire のレスタトであろう。(YAHOO!に予告編有り 要メディアプレイヤー)。ちなみにレスタトは続編「吸血鬼レスタト」で、「ロック・スター」となる。これには先行して「ヴァンパイア・ジャンクション」Vampire Junction(1984)という小説があり、この作品に登場する吸血鬼は、ロック・スターである。が、この種の設定はあまり日本ではお目にかからない。もっとも、よく悪魔などをモチーフにするロッカーにとって、吸血鬼モチーフはレパートリーのひとつである。「ライブで100人のファンの血を抜き取って、魔物に捧げた」ザベルの公式設定などを見ると、ロックスター吸血鬼のイメージは日本にも曖昧に伝わってきている様な気もする。

 ドラキュラやレスタトの他にも夥しい数の吸血鬼がいるが、一部のマニア以外の日本人がすぐにその姿を思い浮かべられるような存在ではない。

 もちろん筆者は一部のマニアなので、吸血鬼と聞いて真っ先に青い燕尾服の吸血鬼を思い浮かべますけどね(死)

女吸血鬼の歴史

 日本人にとって「女吸血鬼の典型の姿」というものは、ほぼ存在しない。思い浮かべるとしたら、美夕やマリーベル、クローディアあたりだろうが、いずれも幼女、少女であり、また、彼女らは典型にまではいたらない。カミーラの姿もまた類型化されていない。レ・ファニュの小説では「整った顔」以上の描写らしい描写はほとんどない。
 が、アメリカではひとつの流れがあるようだ。
「長い黒髪に整った顔立ち、高い頬骨のセクシーな美人」というタイプである。
 ドラキュラの髪も黒髪だが、このタイプの女吸血鬼の髪も黒い。
 日本人にとって、外国人といえばまず金髪で、多くの国産吸血鬼が金髪である。(ディオとか、エドガーとか)だが、欧米人にとって東欧出身者のイメージは黒髪なのだろう (外国の有名金髪吸血鬼というと、やはりレスタトだろうか)。
 長い黒髪の女吸血鬼の元祖は、1950年代に深夜のホラーショウのホストをつとめて人気を得たVampira(Maila Nurmi)である。Vampiraの意味はイタリア語でそのまま女吸血鬼の意(イタリア語以外でもVampiraと綴るヨーロッパ言語があるかもしれませんが、筆者にはわかりかねました。ちなみに男吸血鬼はVampiro)。
 彼女の名と姿は皮肉なことに、史上最低の映画と言われるPlan 9 from Outer Space によって、今に残っている。1950年代のアメリカのTVスターの多くは、そのまま忘れ去られていった。その当時のTV番組の多くが生放送であったこともある。
 このVampiraのイメージはのちに模倣されまくり、アダムス・ファミリーにもそっくりさんが登場する。アダムスファミリーは最初漫画だったのだが、漫画の時点で似ている。TVシリーズでも似ているし、映画だとよく似ている(笑)
(詳しくは海外のアダムスファミリーサイトを参照のこと。)
 1990年代に、ティム・バートン監督の「エド・ウッド」で、スーパーモデル、リサ・マリーによって演じられ、彼女は再び人気を集めた。
(ヴァンパイラとリサ・マリーのヴァンパイラの画像が見たい人は、こちらのサイトにいって上のメニューのshrines-個人を扱うファンサイトの意-という所をクリックください。)
 ヴァンピレラもまた、ヴァンパイラの影響を受けていると思われる。
 で、レディ・デスとヴァンピレラを足して2で割って、日本アニメ風配色にすると、モリガンになるのだと、筆者は考えている。ゲーメスト増刊の「ヴァンパイア」を持ってる人はモリガンの開発段階スケッチを見てみましょう。衣装の下腹部にガイコツがついてます(笑)

 参考書籍 吸血鬼の事典(1994)

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