堕落の歴史
 

第一章 -貴族の黄昏と悪徳の夜明け-

 吸血鬼小説の歴史をかたり出す前に、まず、小説の歴史を語らなければいけない。
 西洋社会における小説の歴史は18世紀後半以降で200年ほど。西洋社会において貴族のための物語は長らく聖書をのぞけば、詩と演劇という形で表現されていた。
世界最初の吸血鬼小説「吸血鬼」の原案を書き、ルスヴィンのモデルとなったバイロンも詩人であった。
 吸血鬼は西洋文学の初期にその姿を現しているのである。「吸血鬼」自体に「近頃はやりの小説というものに見られるごとく」という記述がある。
 ちなみに日本にはすでに11世紀に女性作家による貴族階級のための長編小説「源氏物語」があり、大衆小説「好色一代男」は1682年に書かれ、「吸血鬼」(1819年)が書かれた頃には、「南総里見八犬伝」(1814年〜1842年)等が書かれている。
 サディズムの語源となった、マルキ・ド・サドの「ジュスチーヌ、美徳の不幸」が発刊されたのが1791年である。
 売春婦を鞭打つとか、蝋をたらすとか現代では金さえ払えば犯罪にならないようなことをあれこれ行った罪で、彼は37歳で投獄され、13年間獄中にあり、フランス大革命(1789年)の際に釈放される。
 サドは「ベルサイユのばら」の時代の人なのだ。
 彼は釈放の後、辛うじて劇作家として生計を立てる。彼が金持ちであったことは、青年時代を通じて一度もない。高貴な身分で、貧しく、監獄に閉じこめられたサドは欲求不満から性的で過激な妄想に走った。「悪徳の栄え」は社会と切り放され屈辱的な立場に置かれた孤独な人間の作品だ。彼の作品は社会と社会的権威(教会)に対する復讐心の現れであった。
 なぜ、人を殺してはいけないのか……それは支配者が搾取するために、他の人間に押しつけたルールのせいだ。
 この種の社会体制に対する貴族から民衆までの抱いていた不満と疑問が、一方ではフランス王政を打倒する原動力になったのであろう。
 社会に不満があるなら売春婦を虐めたり、妄想の中で処女を拷問したりしてないで、革命家にでもなればよいものを、とは思うが、これは現代の連続殺人者にも通じる態度である。
 やがてまたサドは猥褻な本を出版した罪で投獄され、1814年に死ぬまで、精神病院で過ごす。
 現代の感覚だと別にサドは精神病患者ではないと思われるが、この時代は精神分析さえまだ歴史に登場していなかった。(鬱の歴史
 そしていわゆるポルノ小説というものは、サドの影響を受けて、イギリスでは1820年代に登場する。
 西欧社会において、性的な事柄を禁忌とする19世紀、ヴィクトリア朝時代は同時に性がこれまでになく言説化された時代であった。
 そんな時代の中で、1819年に最初の吸血鬼小説、「吸血鬼」が発表される。
 美しい貴族の吸血鬼が残忍にも、純真な田舎娘や貴族の箱入り娘を毒牙にかける物語である。
 こうして現実の貴族の黄昏が貴族的吸血鬼の夜明けとなる。

(続く・・・)

 

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