へのつっぱり

『キン肉マン』には、おならネタが多いよね、という話です。

キン肉マンがおならで空を飛ぶ、キン肉マンがおならでブラックホールの閉鎖空間を壊す、初期の『キン肉マン』には、こういう光景がよくありました。

こういうおならネタは、日本の昔話にもよくあります。

「へやの起こり」という話があります。

ある男の所にお嫁さんが来ました。しかし、日に日に顔色が悪くなっていくので、姑さんがどこか具合でも悪いのかとたずねました。嫁は、恥ずかしい話だが、自分は毎日大きな屁をこかないと辛いのだ、しかし嫁に来た以上は我慢するべきだと思った、と告白します。それを聞いた姑は屁ぐらい気にせずにしたらいい、と言いました。嫁は喜んででかいのをかまし、姑は吹き飛んで天井に頭をぶつけました。姑はこれは大変だと思って、嫁を実家に帰らせます。
嫁は気落ちして帰る途中で、呉服屋と小間物屋が行商の途中で、高い木になっている梨を石を投げてとろうとしている所に出合いました。
こんなの自分には屁でもないと、嫁は笑い、商人二人は怒って、もしこの梨が全部採れたら、荷物は全部やろうといいました。
嫁は喜んで次々に屁をかまし、梨は地面を埋めるほどに落ちました。
商人達は仕方なく、嫁に商品をわたすことになりました。
そこへ仕事に行っていた婿が通りかかり、何事かと聞きました。事情を聞いて、婿はこの品物で一年は食っていける、こんなすばらしい嫁を手放せない、と荷物を担いで二人で家に帰りました。

また、「黄金の瓜」という話があります。

これは、大阪のお城のお殿さまの息子の話です。
殿様には、十二人のお后がいて、一番若くて美しいお后をとりわけ可愛がっていました。それを他のお后がねたんで、お后の寝所にカヤの実をこっそり敷きました。お殿さまが若いお后を訪ねて来た時、カヤの実を踏み、実は潰れてピチッと音を立てました。すると周りの者が、お后が殿様の前でおならをした、と騒ぎ立て、殿様も無礼だと怒って、お后を丸木舟に乗せて海に流してしまいました。
お后は佐渡の猟師に拾われ、そこで暮らすことになりました。
その時、お后のお腹には男の子がおりました。息子は成長して母親に自分の身の上を問いただします。真相を知った息子は、父親の城を訪ねて、物売りの振りをして「黄金のなる瓜の種はいらんか」と大声をあげました。
興味を持った殿様がそれを買おうとすると、息子は「この瓜の種は、生まれてから一度もおならをこいたことのない者が、種をまかないと芽は出ない」と言いました。
殿様は、馬鹿を言うな、人間に生まれて、一度もおならをこかない者が、あるかと叱りました。息子は、なら、自分の母親はどうして、おならをこいた罪で島流しにされたのか、と言いました。
殿様はその子をわが子と認め、跡継ぎにしました。

このふたつの話は共に、『日本昔話100選』からです。

「黄金の瓜」は「王子が捨てられて、貧しい者に育てられ、やがて王位を継ぐ」という、典型的な貴種流離譚です。英雄の誕生で考察したパターンですね。
これが西洋の神話ですと「産まれた子は、やがて父親を殺すだろう」とか予言があって、それを恐れた父親に、母親ごと流されてしまったり、子供だけ流されてしまったりします。

昔の日本では女性が人前でおならをするのは、大変恥ずかしいこととされていました。屁負い比丘尼という役割があるくらいです。だからこそ、放屁の話がよく語られたのでしょう。

他にも『日本の昔話』(角川文庫)に収録されている「鳥呑爺」という話があります。だいたいこういう話です。

お爺さんが、うっかり小鳥を呑み込むと、鳥の鳴くようなおならが出るようになりました。お爺さんはその芸を殿様に聞かせて、褒美をもらいました。

こういった「屁こき話」は、西洋のメルヒェンにはまずありません。
糞尿ネタだったら、ヨーロッパやインドにもあります。イタズラ小僧が他人の靴にうんこをいれておくとか、そういう話です。
ですが、嫁がおならで姑を吹き飛ばすとか、母親のおならが原因で息子が流されるとかいった光景は、東アジアの民話独特のものでしょう。

本土だけでなくアイヌにも中国にも「鳥呑爺」(「屁ひり爺」)と同じ型の話があります。この話、「パナンペ放屁譚」についての『アイヌ民譚集』での関敬吾先生の解説はこうです。

この系統の話は東アジア、ことに中国、朝鮮、日本などに広く分布している。ヨーロッパにはこの種の話が現実にないのか、それとも敬遠しているのか、昔話集にも国際的昔話分類目録(AT)にも見あたらない。
アイヌ民譚集岩波文庫

日本人はなぜ伝統的におならにこだわるのか、そしてその伝統はすでにすたれたのか? 気になるところです。

初期の『キン肉マン』のギャグは、単に下品なだけではなく、日本の笑い話の伝統を自然に受け継いでいます。ステカセキングの時に、キン肉マンが落語を聞いて笑っていましたが、作者にも落語を聞く趣味があったのかもしれません。

『キン肉マンII世』では、おならネタはほとんどなくなりました。

ついでですが、「屁のつっぱりにもならへん」は「何の役にもたたない、どうしようもない」という意味の古いいいまわしで、関西でよく使われます。「つっぱり」は「突っ張り」で「つっかえ棒」などを意味します。「屁のつっぱり」とは「おならのつっかい棒」です。しかしなぜ、「くだらないもの」という意味で、こういう言い方をするかはわかりません。

キン肉マンの「へのつっぱりはいらんですよ」というのは、「下らない手助けは要らない」という、自信の表れでしょう。


初出2007.2.28 改訂2007.5.24

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