雷神

『キン肉マン』のタッグ編の完璧超人の「電磁力パワー」の魔術性や背後にある神話についてです。

電磁力パワー

『キン肉マン』のタッグ編にはこういう場面があります。

「全開!! 電磁力パワー」
「ゲッ」
「あーっと ネプチューンマンと 武道の 電磁力パワーを うけて
鉄条網を巻きつけた 鉄柱が 回転をはじめたーっ!」
「やつら また なにを おっぱじめるつもりだ?」
「そうか!! わかったぞ」
「あの鉄柱は インスタントのモーターなんだ!!
あのモーターの回転によって ネプチューンマンたちは
自分たちのボディーから出る 電流を 上空に 舞あげているんだ」
「しかし 電流なんか 上昇させて どうするんだ?」
「す…すごい!!」
「やつら 雷雲をつくっているんだーっ」

『キン肉マン』 文庫版 11巻

自然現象を操る、完璧超人の神がかった力が、よく表現されている場面です。

モーターは、コイルと磁石でできていて、電流を流すと回転します。
この場合は、鉄柱に巻いた鉄条網がコイルなのでしょう。
しかし、このコイルには電線はつながっていません。
磁石らしきものも、ありません。

電磁力パワーを受けて、というところを読むと、電線無しで電流が伝わっているようにもとれます。
電流が空中を伝わっていくのなら、それが既に雷というか、放電現象なのでは。
雲を作らなくても、そのまま手から、サンダーサーベルがでそうです。

また、ぐるぐる回転している鉄の棒が、地上に落ちてこないのが、まず謎です。
プロペラ状のものならばともかく、これは円柱に針金を巻き付けたものです。ですから、数秒後には落ちてくるでしょう。

モーター兼プロペラというのは、ちょっと無理があるでしょう。モーターにはモーターにふさわしい形、プロペラにはプロペラにふさわしい形があります。

電磁力が、回転するコイル(プロペラ)によって上空に舞い上がるというのも、謎です。空気は通常磁気を帯びないし、電気を伝えないので、空気の流れに電磁波は乗りません。
電磁力ではなく、熱だったらプロペラの回転によって巻き上げられるでしょうが。

モーター(というかプロペラ)の回転によって、風が起こり、風によって上空の薄い雲の中の氷の粒がこすれあい、静電気が起きて、それが雷となった、とかの方が大まかな理屈は通るような気がします。

いっそ、あのコイルはモーターではなく、発電機だと解釈するのはどうでしょう。
コイル(鉄柱と鉄条網)と磁石(完璧超人)の、即席発電機で電気を起こし、それを地上に向けて放電した(これが落雷)とか、そういう理屈です。
発電機(はつでんき)って、どうやって電気(でんき)をおこしているの?

電磁力パワーというのはもしかして、電磁力(electromagnetic force)とは異なる力なのかもしれません。

ゼウスの雷電

おそらく、ここでは完璧超人二人の力が天に伝わって、それが雷となるということが重要なのです。この世界において電磁力は「念のパワー」か何かの置き換えです。
科学的な言葉を用いてますが、その実、古代のシャーマンが杖を降るがごとき描写です。
この数話後にこういう場面があります。
椅子に座っていた謎の男が、突然立ち上がます。そして杖の先を天に向けて叫びます。

「雲よ この友情に燃える超人たちを 救いたまえーっ!!」
『キン肉マン』 文庫版 11巻

すると彼の杖の先から、電気のようなものが迸って、黒雲が現れ、空を覆います。
この謎の男、ドクター・ボンベは杖の先を天に向けただけで、雲を発生させています。これこそ魔術でしょう。ここには何の科学的説明もありません。

それでは、先の雷雲の産物であるサンダー・サーベルについてです。

「あーっと なんと ネプチューンマン 稲妻を両わきにかかえたーっ!!」
「これが完璧超人の 最大の秘密兵器!」
「サンダー・サーベルだーっ!!」
『キン肉マン』 文庫版 11巻

これは古代ギリシアの神、ゼウス(ローマでは、ユピテル)の武器である雷電です。
おそらくネプチューンマンの名が、ネプチューン(ポセイドン)であることからの連想でしょう。

それでは、古代ローマの詩人オウィディウスのユピテルに関する描写を引用しましょう。
これは太陽を乗せた馬車を暴走させたパエトン(パエトーン)に、ユピテル(ゼウス)が雷電を投げる場面です。

 いっぽう、全能の父ユピテルは、馬車を貸し与えた当の神はもちろんのこと、その他もろもろの神々をも立ち会わせ、今ここで助けを送らなければ、悲運のもとに万物が滅び去るであろうことを確認した。そうしてから、いや高い天の頂きへのぼっていったのだが、いつも、ここから、広大な大地のうえに雲をひろげたり、雷(いかずち)を鳴動させて雷電を投げたりするのがつねだ。が、この時は、地面のうえにひろげるべき雲も、天から降らせるべき雨も、焼き尽くされて姿はなかった。
 いま、まず雷鳴をおこす。それから、右耳の横に雷電を構え、馬車を御しているパエトンに投げつけた。パエトンは車から落ち、同時に生命をも失った。
変身物語

人間の英雄や王は、神ではないと強く主張する、古代ギリシアのプルタルコスは、彼のエッセイにこう綴りました。

彫刻家のリュシッポスが画家のアペレスを非難したのも正しいでしょう。アペレスの描いた絵では、アレクサンドロスは手に雷電を持っていたのです。リュシッポス自身の彫像では、その手に槍を持っていました。その槍にこそ、時もなおアレクサンドロスから奪うことのできぬ、本当の、彼自身の名声が存していたのです。
エジプト神 イシスとオシリスの伝説について

雷電は神の武器としてふさわしく、人の英雄には槍こそがふさわしいという話です。

ネプチューンマンにキン肉マン、彼らは超人なのです。
人間が雷を手にもてないのは、人間だからで、神ならば可能、超人にもそれは可能なのです。

大阪天満宮

大阪最大の祭りは、天神祭です。日本三大祭りのひとつとも言われるほど、盛大なお祭りです。

この天神様は、菅原道真です。つまり「雷神」です。

 学者、文人という平和的なイメージを持つ菅原道真であるが、政治家でもあったことから死後の魂が怨念に支配されることになり、よく知られているように、神としてのデビューは日本でも最強レベルの恐ろしいパワーを発揮する怨霊としてであった。
 道真が太宰府で死んだ頃から、都では天変地異が続くようになり、まず道真を讒言した張本人の藤原時平が39歳で急死。 疫病がはやり、日照りが続き、20年後には醍醐天皇の皇太子が死亡、次の皇太子も数年後に亡くなり、人々はすべて菅公の怨霊の祟りとして恐れた。 きわめつけは、延長8年(930)に宮廷の紫宸殿に落雷があり、死傷者が多数出たことであった。 これにより、道真の怨霊は雷神と結びつけられることになった。
八百万の神々 菅原道真

大阪らしい神と言えば、商売の神であるえべっさん(えびす神)です。しかし、大阪の天の神は、「不遇なうちに死んだ高貴な者が、怨霊となって、雷を落として、敵に復讐する」という神話を持つ神なのです。ゆでたまご先生のように、大阪で少年時代を過ごせば、雷神は最強の神として心に刻まれるでしょう。

この大阪のみならず日本中で有名な神が、タッグ編のネプチューンマンの遠いルーツでしょう。ゆでたまご先生は、人柱と古墳が多く、毎年雷神の祭りが盛大に行われる地域の出身なのです。神話や伝説はやはりその土地に住む人々にのみ実感される、そういう側面を持っています。


初出2007.3.4 改訂2007.12.12

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