怪しい健康法

『キン肉マンII世』にみられる魔術的思考について解説したいです。『キン肉マンII世』は、「これで健康になれる!」という類の「魔術」が多いです。最近は加圧トレーニングがそうですね。

オゾンの話

魔術とかまじないというものを考えるために、『フランス田園伝説集』から引用しましょう。

「農民というものは、自然の原因から同じく自然な結果を受けとりながら、自分自身では自然の法則に従っているとは思わないからだ。薬を与えたとしてもその効用を説明しただけでは信用はされないにちがいない。しかしそれに付け加えて、何がしかのわけのわからない言葉を調合すれば信じてもらえる。たちあおいの根か何かで風邪を直す秘法を教えてやって、ただし、それをあやしげな印を三回結んで投与することとか、靴下を裏返しにはいて行なうことなどと言ってやれば、相手はそれで、もうまじない師になったつもりになる。さらにみんなから、風邪に関するかぎりはまじない師だとみなされる。彼はたちおあいの力よりその信念の力で、あらゆる人を治してしまう。しかし、その奇跡を行ったありふれた植物の名前はどんなことがあっても言わないだろう。彼はそれを神秘に包む。神秘こそ彼の本領だからだ」

この文章は、150年近くも前の文章です。
ですが、「神秘の力」と「それが起こす奇跡」に対する期待は、今もこの大量消費社会を動かしています。

例えば、痩せたい人がいます。質素な食事と適度な運動で痩せることは、誰もが知っています。ですが、それを実行できる人はそう多くありません。
ですから「この食品を食べると痩せますよ」と宣伝する、怪しい広告が後を絶ちません。
セールスマンは科学者ではないし、医者でもありません。
彼らの仕事は「この商品を買えば、あなたの望みがかないますよ」ということだけです。そして彼らは往々にして大げさであるし、間違いもするし、嘘をつくこともあります。
そして科学的な説明よりも、聞き慣れない言葉をありがたがる消費者がいるのです。ブラジルの奥地で発見された新種の茸の名前や、その聞き慣れない成分といったものです。神秘と奇跡に対する過剰な期待が、人の心から消えることはありません。

何かの商品の宣伝文句を、そのまま使ったのではないか、と思われる用語や理屈が『キン肉マンII世』には、ときどき登場します。

それでは、具体例をあげましょう。

Vジャンプ版の『キン肉マンII世 ~オール超人大進撃~ (1)』、にサンシャインの体内からチェックが出てくる場面があります。その時、チェックはこう言います。

「サンシャイン首領の"悪魔の魂のオゾン"をいっぱい浴びたおかげで元気百倍…」

なぜ、この場面で「オゾン」なのでしょう?
オゾンという言葉は、空気清浄機などの宣伝でよく聞きます。
健康にいい気体だというように、説明していることもあります。
人が浴びて元気になる気体は、植物の香りなど、いくらでもあります。
弟子にガスを浴びせるのは「洗礼」とか「洗脳」の表現でもありましょう。

しかし、オゾン。最強クラスの毒ガスです。人が濃いオゾンガスを吸ったら、呼吸器官がやられて死にます。
そのように毒性があるからこそ、オゾンガスは、殺菌に使います。
ですからオゾンを空気をきれいにする、素晴らしいガスとして話すセールスマンがいるのは、おかしいことではありません。しかしオゾン自体が、体にいいようにとらえるのは、誤解です。

きっと、チェックの台詞は「悪魔の魂は毒ガス同然」ということなのでしょう。
さすが悪魔超人ですね。息を吹きかけるだけで、人が死ねそうです。
通常のオカルト漫画なら、サンシャインがチェックに浴びせたものは、オゾンではなく瘴気とか沼気と記述されそうです。

ここで「オゾン」となるのは「保護」の象徴だからなんじゃないでしょうか? 「オゾン層」は、「生命を保護するもの」です。空気清浄機の販売の際にオゾンが強調されるのも、そういう連想が「ありがたみ」を感じさせるからかもしれません。

カプサイシンの話

ツライと書いてカライと読む、辛みは味覚ではありません。
辛さは痛覚で感じているんです。軽い痛みを刺激として楽しむことは、実は日常的な行為です。
アルコールの辛さもまた痛みなのです。炭酸飲料の辛さもつまりは痛さです。多くの人は食べ物によって自分の体が傷つく可能性を考慮しないのでそれを刺激として楽しめますが、酒も唐辛子も炭酸も実は喉を痛めます。痛いものに怯えるように、辛いものには怯えるくらいが、健康な喉を維持するにはいいかもしれません。
唐辛子の辛みの主成分カプサイシンは発痛物質と言われます。痛みを感じさせる化学物質なのです。"辛いがおいしい"理由 では、辛みがおいしい理由のひとつとして、苦痛な刺激を緩和するために、麻薬類似物質のエンドルフィンが脳内で分泌されることをあげています。
ここで、Vジャンプコミックス版『キン肉マンII世 ~オール超人大進撃~ (2)』の「第15話 その男…バス・ザ・シャワー!!」を検討してみたいです。

セイウチン「な…なんか、体が虚脱感で…なんにもする気力がわかなくなって…きただ…」(中略)
シャワー「そうだ、カプサイシンというのは体に対して、発汗作用やエネルギー消費作用もある」
シャワー「おまえが風呂に入れた入浴剤には強力なカプサイシンが含まれていて、それをひと袋すべて使ってしまっては、大量の汗を流しいちじるしくエネルギー消費するのは火を見るより明らか!」

この場面では、セイウチンがげっそりとやせ細っていました。これらの台詞はカプサイシンがなぜ、発汗作用を持つのかを考えるとおかしいです。この辺は、トウガラシで痩せるという広告や雑誌記事の受け売りかもしれません。端的に言うならそれは「痛みを感じて脳が覚醒し、交感神経が興奮し、肉体が戦闘あるいは逃走のモードになり、筋肉には大量の血が流れ、体温は上昇し、それとともに汗が流れ、その分エネルギーを消費する」というものなのです。なので、高濃度のカプサイシン風呂に入った場合の正常な反応は肌や粘膜に痛みを感じる、なのではないでしょうか。特にその湯気が目に入れば目からは涙、鼻からは鼻水が大量に流れるでしょう。また、それとともに熱さをより強く感じるでしょう。気分としては、全身に痛みを感じているのですから、意識は覚醒しとても攻撃的な気分になれると思います。どこも痛くないのなら、そもそも効果がありません。ものがお湯なので、痛みを熱さとして感じ、よい入浴剤だと思うかもしれませんけれどね。

人はそれが食べ物によるものなら「痛い」を「辛い」と言い、熱湯によるものなら「痛い」を「熱い」といいます。

ちなみにトウガラシ入浴剤は実在します。オリヂナル薬湯 トウガラシ 850g入り、セイウチンファンの方は是非どうぞ。

なお、大阪の大きな雑貨屋(梅田LOFT)でもトウガラシ入浴剤が売っていたので、実際にトウガラシ風呂に入ってみましたが、予想通りでした。お湯が妙に熱いというか、痛いんですよ。
私の場合、目と鼻に軽い痛み、乾いたせきと肌のかゆみ(かゆみは痛みと同じ神経が感じます。ですから、先天性無痛症の人はかゆみも感じません)がありました。先入観による自己暗示のせいかもしれませんが、注意書きにも「せき込んだりすることがありますので、違和感を感じた場合はご使用をおやめ下さい。」というようなことが、色々と書いてありました。こういう反応が出るということは、私は注意書きがいう「体質が合わない人」あるいは「体調不良」だったのでしょう。
発汗作用はありましたが、虚脱感はありません。軽い痛みによる覚醒作用がやはり先に来ます。ですが、妙にのぼせやすい(頭がぼーっとしやすい)入浴剤なのはたしかですね。
お手軽トリップ体験といえなくもありませんので、ストレスで鬱になっている人は、エンドルフィンが出るまでカプサイシン風呂に浸かってみるのも、よろしいでしょう。きっと脳内麻薬で癒されます。そのまま中毒になっても、ものがお風呂なら、たいした実害もないでしょう。風呂場での転倒と溺死にはご注意下さい。

辛いモノが好きな人は痛みを求めています。それによって覚醒し、外界に対抗する力を得ようというのです。何らかの意味で戦う意志を持っているのです。ストレスを強く感じる状況に置かれると辛い物好きになるという研究もあります。やはりこれは、脳内麻薬によって安らごうというのでしょうか。

ちなみに、『キン肉マン (2)』文庫版のキン肉マン対カレクック戦で、カレクックがキン肉マンの額の傷口に、カレー・ルーをすりこむ、という話があります。で、「ミート スグルのようすがおかしいぞ」「カレー・ルーの刺激で頭がマヒしたんでしょう」という展開に。そして、攻撃的で恐れ知らずになったキン肉マンは、カレクックをあっさり倒します。カプサイシンネタは、この頃からあったんですね。苦痛から覚醒と麻痺に至るこっちの方が、Vジャンプ版『キン肉マンII世』のバス・ザ・シャワー戦より筋が通っています。


初出2007.3.4 改訂2007.12.13

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