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 第一話:モデル警視

 薄暗い地下駐車場に通じるエレベータのドアが開き、一組の男女が姿を現す。
男の方は、40代半ばぐらいであろうか。
いかにも、うだつの上がらない腹の出っ張った中年サラリーマンと言った感じだ。

 先に歩き出したのは、女の方であった。
服装は地味で真面目な紺のスーツであったが、その女が着ている姿を見れば誰もそうとは思わないであろう。

 すらりとした四肢にグラマラスなボディ。
実際の身長は、平均的な女性の高さだが彼女の容姿からは、それ以上の高さを感じる。
これほど、均整の取れた女性はモデル業界でも少ないであろう。
当然、そのような女性が何かを身に付ければ、たとえ三流品のバーゲン・セールで買った服でも一流品に変化してしまう。それほどまでに美しい女性であった。

 その美女の後を追うように男も歩き出す。
よれたスーツを身にまとい、首や顔に吹き出た汗をハンカチで拭き取っている。
どう見ても不自然な組み合わせである。
まず夫婦には見えない。
不倫カップルにしては、男の態度が低く見えた。

 静まり返っている地下駐車場のフロアに、女のヒールの音が一定のリズムを刻んで響く。

 「神村警視、帰りは、私が運転を・・・」
 「結構! 自分で運転するわ」

女は、ポケットから車のキーを取り出すと白い国産車のドアを空けた。

腹の出た中年男に神村警視と呼ばれた女は、その肩書きから分かるように警察に勤める人間である。
フル・ネームは、神村 紀代香。
若干28歳で警視の立場に位置する。
彼女は、165cmのスリムな体を運転席へと滑り込ませた。
続いて、彼女の部下である45歳の松井 治が、助手席に腰を降ろした。
紀代香は、エンジンをかけると勢いよくタイヤを鳴らしながら車を発進させる。

 地下の駐車場から表に出ると太陽の光が眩しかった。
彼女は、巧みにハンドルを操作し、自分の車を強引に割り込ませ車線に躍り出る。

 「もう、いいかげんにしてほしいわね、松井!」
 「はぁ、すいません神村警視」

 松井は、顔の汗をハンカチで拭きながら答えた。
そして、チラリと上司である神村 紀代香の脚を見た。
膝上のスカートから伸びているその太腿は、光沢のあるパンストに包まれていた。
 『くっそー・・・いい脚してるぜ、全く・・・』

 一方、美脚の持ち主である神村 紀代香は、手荒な運転に没頭していた。
午前中のつまらぬ仕事のうさ晴らしを、車にぶつけているのだ。

 その仕事とは、警官の新規募集のポスターのモデルである。
そもそもきっかけは、経費削減のために警察内部の人間を使おうと言うのが始まりであった。
そしてモデル役は、各署から一名ずつ候補を選出させ上層部が独自に決めてしまったのだ。
それが、運が悪くも神村 紀代香であった。

 困った事に本人の了解を得ないまま候補として挙げられた上に、知らないうちにモデルとしてポスター撮影の指示が下りた時、紀代香は猛反対した。
何故、一流大学の法学部を卒業して優秀な成績で刑事になった私が、そのような事をしなくてはいけないのかと直接上層部に直訴しに行くほどの剣幕であった。
紀代香は、優秀な頭脳を駆使し上層部と対等に渡り合った。

 しかし、上層部は紀代香の直属の上司や配属先の署長に圧力をかけ脅しに入った。

 それで結局は、自分の上司や配属先の署長に泣き付かれ渋々承諾してしまったのだ。
それが、紀代香の自分の身内にはやさしいと言う最大の長所でもあり短所でもある。

 だが、困った事に翌年以降も紀代香に代わるモデル役が決まらずに、毎年この仕事をするハメになってしまった。

 「毎年、毎年・・・今年が最後ですって、何回聞いたことか」
 「しかし・・・上からの命令ですから・・・」

 松井は、紀代香の目を盗んでは彼女の太腿を見続けた。
ムッチリとした両足の太腿は、運転のために握り拳一つ分ほどの隙間を空けて開いている。
松井は、彼女の精悍な横顔を見た。

 『本当に、いい女だぜ・・・俺がこいつの上司なら・・・』
よからぬ妄想を抱きながら再び紀代香の内腿を見る。

 「上からって言ったって、こっちは忙しいのよ! 分かっているでしょう、松井!」
 「はぁ・・・その通りですが・・・」

 まったく頼りのない返事だ。
紀代香は、松井を完全に見下していた。
とにかく彼は、使い物にならない存在だからである。
よくこんな男が刑事になれたと感心する事もたびたびあった。

 だがどのような男でも部下には変わりはない。
紀代香は、失敗の多い松井を上層部から守ってきたのも事実だ。

 「大体、上の連中も汚いわよ、あんたを通じて話しをすれば済むと思っているんだから」
 「す、すいません・・・」

 上層部は、紀代香の性格を見抜き直接本人にはポスターの撮影の話はしなかった。
彼女の部下の松井を巧みに利用したのだ。
上層部は、ポスターの撮影日の一ヶ月ほど前に、詳細を紀代香の部下である松井に連絡をしておくだけでいいのだ。

 松井自身は、紀代香がもっとも嫌がっているその仕事をなかなか伝えられずに時間だけが経過していく。
紀代香の耳には、前日もしくは当日の朝になって初めて、追いつめられた松井から伝わるのである。
さすがにポスター撮影の直前に話を聞いてしまっては、上層部に交渉の余地がない。
かと言って撮影をすっぽかしてしまえば、松井の立場がなくなる。
上層部は、そこを狙ったのだ。

 「で、次は街中にポスターが、張られるようになればTV取材・・・あ〜! イライラする!」

 毎年そうであった。
街中の至る所に張られた紀代香のポスターは、かなりの反響を呼んだ。
まず、モデルの女性が本物の婦人警官であると言う事がTVで紹介されてから、その年から警官を志望する人数が一気に増した。

 次に、よくあるポスターの盗難。
なんと交番内に張られてあるポスターまで盗まれると言う、警察にとっては恥ずかしい事件も起こった。

 そのような話題の美女をTV関係者が、放っておくはずがなかった。
彼女のポスターが配布される頃になると、決まって署の玄関前に小うるさいレポーター達が群がってくる。
その相手を仕事を止めて対応しなくてはいけないのである。

 「私は、モデルじゃないんだから!」

 松井は、この運転で事故でも起こされたら、と内心ヒヤヒヤしていた。
その反面、横目で紀代香の体を見続けた。

 『あ〜あ・・・この乳を揉めるヤツがうらやましいぜ・・・』

彼女の白いブラウス越しに、豊満なバストを支えるハーフ・カップのブラジャーが見えた。

 紀代香は、モデルの仕事の件で完全に頭に血が昇り、自分の部下である松井のいやらしい視線に全く気が付かなかった。

 彼女は、無謀な運転で普通に走れば30分ほどかかる距離を、15分ほどで署に戻った。
荒々しく署の玄関前に車を止め、サイド・ブレーキを引く。
そして、ドアを開け車から降りると松井に指示を出した。

 「松井、後はあんたが駐車場に入れといて」
 「は、はい」

 紀代香は、機嫌の悪いまなざしで門番の警官を睨み付け署の奥へと入って行った。


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