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 女豹 三条冴子 その1

  (1)   
雑誌の企画で対談した芸能プロダクションの社長木下と対談終了後、雪崩れ込
んだ馴染みのバーで二人っきりで呑んでいたときのことだった。

  「そういえば中垣内君、きみ最近『ラフレシア』に顔見せへんなぁ」  

 木下は不意に六本木にある会員制SMクラブの店名をあげ、隣でバーボンをあおっていた中垣内の顔を覗き込んだ。 

「きみの奴隷連中も寂しがっとったで」
「はぁ、まぁ・・・」
   

 中垣内は照れくさそうに頬をポリポリ掻きながら、曖昧な返事をした。
 木下とは同じ地下SMクラブの常連同士である。恐らく最近ご無沙汰にしている中垣内の近況などを探るようママに炊きつかれでもしたのだろう。

 彼のプレイ相手のM女が、ある野球選手に浮気しかかっているとか、現役東大生の新人が入ったとか、それからしばらく木下はそのクラブの噂話を続けていたが中垣内はそんな木下の言葉を適当に聞き流しながら 

  (そうか、あの金髪女をハンティングして以来、あそこには一度も足を向けてなかったからな)  

 ふと三ヶ月前の狩猟の情景に思いを馳せ、股間に新鮮な疼きを覚えた。
 『ウーマンハンティング』という禁断の猟の味を識った中垣内にとって、ハードなプレイが堪能できるだけが取り柄の地下SMクラブの存在など、もはや代償行為以下でしかなく、何の興味も関心もなかった。

 クルーザーで大海原を駆り、トローリングでカジキマグロと格闘する興奮を覚えた人間が、釣り堀の中で釣り竿をさす行為に食指を動かすこともないようにだ。 

「なんや、興味無さそうな顔して」  

 酔いが回ると地の河内弁に戻る木下は訝しげに中垣内の方を見た。
 スリルと悪徳に満ちた回想に浸っていた中垣内は我に返り苦笑する。
   

「実は、プライベートで相手に恵まれましたんで」
「はぁ、さよか、ワシはてっきり飽いてしもて、足洗ってしもたんかと思っとたわ、しかしうらやましいなぁ商売もんやのうて素人の娘とサドマゾかませるやなんて、やっぱり作家ってのはえろうモテるみたいやな」
「社長こそ、ご自分のプロダクションのタレントを、とっかえひっかえでしょう?うらやましい限りですよ。」
   

 木下は巨乳系のセクシータレントを主力商品にグングン業績を伸ばしている芸能プロダクションの社長である。だから名前を聞けば誰でも知っているセクシータレントを何人もプレイメイトに持っていた。   

「うーん、そやけど一応、商売もんやから、そないにハードなプレイはできへんし、それにみんなワシの理想とは、ちょっとズレとるんや」
「理想?」
「中垣内君も知っとるやろう? ワシのもう一つの趣味を」
「ああ・・・・女闘美ですか」
   

 木下は「女闘美」・・・・欧米ではキャットファイトと呼称する・・・・女同士の喧嘩や格闘技の愛好者である。
 女相撲に泥レス、果てはお互い全裸になり纎毛をたなびかせながら秘裂もあらわに蹴りあうヌードキックボクシングまで風俗誌を欠かさずチェックし、都内のどこかで興行が催されると分かると、仕事もほったらかしで駆けつけかぶりつきで見物する。中垣内も一度同伴した際その余りの熱心さに呆れたことがある。

 しかし木下はこの手のマニアに多いマッチョな女にいたぶられるのが好きなマゾヒストではなく、むしろそういった逞しい大柄な美女達を矮小な小男である自分がいじめ抜くということに至上の悦びを感じる屈折した嗜虐性のサディストだ
った。

 そういえば、その女闘美の趣味が高じて、美人選手を数多く抱えることで有名なある女子プロレス団体を買収し、そこのオーナーの座に納まったという話を耳にはさんだことがあるが・・・・中垣内がその趣を訊ねると、   

「あれはあきまへんわ」  

 苦りきった表情で木下は返事した。  

「でも、TVで何度か中継を拝見させてもらいましたけど、なんでこんな娘がプロレスラーに?と思うような美人ばかりでしたよ」
「それが、みんなグラマーで別嬪なんはええんやけど、オーナーのワシの言うことを全然聞きよれへんよってに、どうにもならんのや」
「言うこと? 」
「そうや、せっかく女子プロのオーナーになったんやから、リングコスチュームもワシ好みにもっと色っぽいもんに代えさせよう思て、ボインがこう・・・・際だつようなボンテージの乳出しルックやとか、キリキリ褌みたいに尻の谷間に食い込
ませるTバックスタイルやとかワシ自ら色々アイデア出して、実際衣装まで作って用意させたんやけど、あの牝ども衣装を見るなり『私たちはストリッパーじゃありません』と一蹴しおった」
「はあ・・・・・・」
「それだけやないで、テレビ局のお偉方との接待にフンドシ一丁でお座敷プロレスしてくれんかと頼んだら、あんたはプロレスを冒涜するのかって言うて総スカン食らったわ、ほんまにレスラーちゅうのは我が強い生き物やな」
   

 我が強いだけではなかろうに・・・・・・中垣内は失笑した。

 何のことはない、このエロ社長は美人レスラーに、長年の夢である自分が演出したキャットファイトショーをやらせたいがためだけに大枚をはたいて団体を買い取ったのだ。

 あるマット界を舞台にしたバイオレンス小説を執筆した際、おこなった取材で中垣内自身、経験したことだが、彼女たちレスラーは見た目以上にアスリートとしての自意識が強く、自分たちが心血を注ぐプロレスという競技を愚弄されると烈火の如く怒りだす。

 それを木下が売れるためならどんな恥辱的なコスプレでも接待でも喜々として従う自分のところの頭の軽いタレントと同じ感覚で扱ったものだから拒絶されて当然どころかその場で袋叩きにあわなかったのが不思議なほどである。

 だが木下は憤懣やるかたなしといった表情でボーナスを弾んでやるというのになんだあの態度はとか、これが普通のタレントだったら、こわもてのヤクザに小便チビるぐらい脅させて一発で態度をあらためさせてやるのにとか、粘着質に愚痴りだした。   

「ぶつぶつ・・・・おまけにオーナーの顔を立てるべき社長は、完全に向こう側について逆に選手を煽動しよるんやで、こんなん信じられるか?」
「じゃクビにしたらどうですか?」
   

 いい加減、付き合えなくなってきた中垣内がぶっきらぼうに率直な感慨を口にすると、木下は急に真顔になり、柄にも無く顔を赤らめ、首をふって、 

「いや、それをしたら元も子もなくなるんや、その社長って言うのはワシの片思いの相手で、心の恋人ヴィーナス冴子嬢やから」   

 カウンターにうつむいた。
 ヴィーナス冴子と言えば、美女が増えた女子マット界の中でもひときわ際だった美貌を持ち、CMやグラビアにひっぱりだこの、現在の女子プロ界の顔といっていい選手である。中垣内もよく彼女のことを見識っていた。確か木下の団体のチャンピオンでもあったはずだ。それだけに驚いた。
   

「えっ、彼女が社長だったんですか」
「社長レスラー言うてな、その団体のトップレスラーが社長を兼ねるちゅうんはこの業界では珍しいことやないんや」

 中垣内はふと社長の椅子に座った冴子の姿を思い浮かべた。
 キリッと冴えた美貌に抜群のプロポーションの持ち主の彼女がスーツに身を包んださまは、さぞ社長秘書と勘違いする向きが多いだろう。
   

「ワシが高い金払ろて、団体買い取ったんも、みんな冴子のためなんや、デビュー以来ずっと追いかけとる冴子と、なんとかして、ええ仲になりたい思てな」   

 年甲斐も無く、若い友人に冴子への恋慕の情を吐露する木下だったが、中垣内 は珍しくその心境に同調できた。

 木下のみならず男ならばその圧倒的な肉体美に魅了されるのも当然と思えたからだ。

 テレビ観戦しかしたことがなかったが、170センチ近い大柄な肉体を豹柄のハイレグ水着に包み込み、リング上でファッションモデルさながらの抜群のプロポーションを誇示する冴子が、まるで解き放たれた女豹そのものにマットの上を自在に飛び、舞い、跳ねるさまは息を呑むほど美しかった。

 それだけではない、男性誌のグラビアを飾るだけあって彼女は肉付きも豊かで、ムンムン女らしい色香にあふれていた。

 特に、しなやかなボディラインに不釣り合いなぐらい大きな垂れ気味のバストを揺らし、得意の空手殺法を繰り出すクライマックスシーンの躍動する女体のうねりなどは、下手なアダルトビデオよりも刺激的で、好色な視点から見るつもりのなかった中垣内をおもわず勃起させてしまったほどにエロティックだった。

 木下はボトルを持ち上げ、ウィスキーをグラスに注ぎ込みながら、   

「でもな、もうあかんわ、すっかり冴子に嫌われてしもて、今月で選手としての契約が切れたらここを辞めて他に移る腹づもりらしいわ」
「辞める? 移籍するんですか?」
「ああ、しかも選手全員、引き連れてな。どうやら違うスポンサー見つけて、そこで新しい団体を旗揚げしよるらしいわ・・・・いくら今の団体の権利持ってても、肝心のレスラーが居なかったら、有名無実、看板倒れちゅうやつや、ワシの夢ももうお終いやな・・・・・・くそ、大損ぶっこくんは、かめへん。そやけど、冴子に逃げられるんは、ほんまたまらんわ・・・・・・」
   

 これはと思った理想の女を奴隷にできず逃げられるつらさは同好の人間としてよく分かる。気の毒な表情をつくり中垣内はベアトリーチェにふられた哀れな社長を慰めてやっていたが、その時、彼の胸が、にわかにざわめきはじめた。 

  (そうだ、彼女こそ『ウーマンハンティング』にふさわしい獲物じゃないか)  

 『ウーマンハンティング』・・・・牝猟の醍醐味は狩りの瞬間の、獲物と一対一、知力体力を尽くした戦いにある。公正でスリリングな猟を楽しむためには獲物の方にも、ハンターである中垣内の頭脳と肉体に見合った、精神的・肉体的にタフな女が要求された。

 ヴィーナス冴子こそ、まさしく、それに該当する最高のターゲットではないか。

 あれから幾度か猟を楽しんでいるが、三ヶ月前の猟を越えるスリルと興奮には未だ出会えていない、しかし冴子とならそれと同等、いやそれ以上の悦びが見出せそうだ。

 ただ獲物と言っても今度の相手は猛獣である。最初に狩ったあの白い牝鹿を思わせるブロンドの白人女と違い、対処を誤れば逆に喰い殺される可能性だってある。それを避けるためには協力者の存在が必要不可欠だった。

 中垣内はニヤッと酷薄な笑みを浮かべると、やけくそ気味にウィスキーをあおる社長に言った。   

「その冴子嬢のこと、どうにかなるかもしれませんよ」  

 えっ? というようにびっくりした表情で木下は、中垣内の顔を見た。  

「ただし、それなりの覚悟と協力はしてもらいますがね」
「それは、どういう意味や、中垣内君?」
「誘拐して監禁するんですよ冴子嬢を。マゾ奴隷に調教するためにね」
「なっ、そんなことができる訳あれへん。冴子が誘拐されるタマかいな!」
   

 とんでもないことやと木下は大きくかぶりをはらったが、  

「できますよ、社長の肝いりさえあれば。冴子嬢がいくらレスラーだといっても油断や隙が絶対にあるはずです。その隙を社長の協力があればつけるんですよ」   

 自信満々に中垣内は答えた。  

「か・・・・仮にや、うまく誘拐できたとしてや、おもいきり抵抗されたり暴れられたりしたらどないするんや? それに冴子はそこらの売れっ子タレント顔負けの有名人やから拉致できる期間も限られとるで、その間にマゾに調教しきれんかっ
た場合はどうする? 第一、あの恐ろしく強うて、頭も切れる冴子をとてもワシらの奴隷にできるとは思われへんで」
「それこそ調教師としての僕達の腕の見せ所でしょう。どんな猛獣でも、牙を抜き、鞭の味を嫌というほど身体に教え込ませ、鎖でつないでしまえば、調教師の思いのままに操れますよ。それも普通のペットなんかよりよっぽど従順にね。暴れた場合なら僕に任せておいて下さい、いい考えがありますから」
   

 木下は視線を宙に泳がせた。中垣内の意図を思案し、発言を推し量っているようだった。

 酒の席での冗談ではないということは中垣内の眼を見ればすぐに分かったはずだ。その上で中垣内の提案に気持ちが傾きかけているようだった。荒唐無稽であるが、中垣内の態度があまりにも堂々しているので、ここまで自信たっぷりに言うからには、よっぽどのコネや策があるのだろうという気になってきたのだ。

 だが中垣内の方は『危険な賭け』であることを自覚していたし、万が一、失敗してもかまわないという心づもりもできていた、もとより生まれついてモラルや倫理観に欠けた犯罪者気質の自分である。捕縛され断罪されることに全く抵抗はなかった。あのヴィーナス冴子を道連れに地獄へ堕ちるのも一興ともあっけらかんに考えてさえいた。

 落ち着きのない社長の挙動を見て脈ありと考えた中垣内は、とっておきの台詞を吐き、ラッシュアワー時の駅員のように、危険な列車に乗り込もうかどうか逡巡する木下の背中をポンと後押しした。   

「彼女なら社長の理想の奴隷になるかもしれませんよ、アマゾネス美女を大型犬のように自分の足下に跪かせて社長室で飼育するのが夢だっておっしゃってましたでしょ? それに・・・・・・冴子嬢をうまくコントロールできれば、彼女の会社を完全に掌握することも可能だと思うんですが」   

 この一言は効果があった。趣味人としても商売人としても、冴子と団体、同時に手中に収められるのだから成功すればこんな美味しいことはない。

 木下は商売柄、裏社会との関わりが深い人間である。今、話している内容より危険な橋をいくらでも渡ってきたはずだ。夢の女に逃げられるのであれば、いっそ力づくでモノにしてしまえ・・・・そう決断するのも時間の問題だろう。

 その読みはズバリ的中した。木下はしばらく迷っていたが、中垣内の方に向き直ると、   

「この話の続きはワシの家で飲み直してからにしまへんか?」  

 ボソリ呟いた。
 中垣内は悪魔的な冷笑を浮かべ、黙って頷き返した。


(2)

 試合開始からすでに十五分が過ぎていた。
 メインイベントとはいえ格下相手ならそろそろフィニッシュに移行してもおかしくない時間帯だわ・・・・と、冴子は思った。

 彼女の足下には精も根も尽き果て、息も絶え絶えに、長々とすらりとした肢体を伸ばした対戦者の結城千鶴が横たわっていた。

 愛らしい童顔を苦悶にゆがめ、下腹をふいごのごとくあえがせ、赤いブーツを履いたムッチリとした太股を無様に大の字に割り広げた千鶴のみじめな姿は、レイプされた直後の放心状態を冴子に連想させた。 

  (ふふ・・・・ちょっと苛めすぎたかしら?)  

 チロリと冴子は自分の舌で、血を吸ったように赤い妖艶な唇を舐めた。
 通常、冴子と千鶴ほどの実力差があれば、滅多にシングルのカードが組まれることはない。しかし今夜は主催者である帝王ホテル側の「メインは見栄えのする美女二人の競演を」というたっての希望を受け入れ、急遽実現したスペシャルマッチだった。

 千鶴は最近、ある先輩レスラーに弟子入りして、人気実力ともメキメキ上昇中の有望株の選手なのだが、デビューして日が浅く、メインでの試合はまだまだ荷が重たかった。

 しかも相手が、その師匠に当たる先輩レスラーのヴィーナス冴子とくれば、はじめから勝敗を度外視した試合内容が要求されていた。

 だが冴子としては、勝負する前から試合の趨勢が決まっているとはいえ、メインの試合をわずか1,2分で終わらすわけにはいかない。かといってチャンピオンの立場上、新人の千鶴に好き勝手に攻めさせるわけにもいかない。

 その結果、十五分の試合時間の大半を、延々と蛇の生殺しのように、冴子が紀香を一方的に投げ、蹴り、極める、凄絶なワンサイドゲームの様相を呈してしまった。

 手加減は加えているが蓄積した千鶴のダメージはかなりのものである。恐らく彼女の肉体が受け止めていられる許容範囲ギリギリといったところだろう。

 それでも不思議と観客は陰惨な印象を受けなかった。それは先輩が手塩にかけた後輩に振るう愛のムチだという表面上の構図があったせいだが、それ以上に多くの観衆がリングの上をどことなく漂う淫靡な匂いをかぎ取ったからかもしれなかった。 

  (奇麗よ、千鶴・・・・・・)  

 ホテルのディナーショーの一環として催された試合のため、いつもの会場と違い豪奢なシャンデリアが、頭上からリングの上の美獣達を照らしだしていた。

 黄色に黒の斑点を散りばめた水着を着た女豹は蠱惑的な、だが背筋がゾッと震えるような微笑を浮かべながら、戦いに敗れうずくまる哀れな獲物に、トドメを刺さんと、ゆっくりゆっくり歩み寄る。

 千鶴は仰向けになったままヒッと身をすくめたが、その怯えの中に秘かに喜悦の色が浮かんでいるのを冴子は見逃さなかった。

 今度はどんな責めを受けるのか、内心、期待で胸をふくらませているのだろう。 

(ほんと、可愛い娘・・・・・・)  

 冴子のサポーターをつけた左足が千鶴の豊かなヒップに飛んだ。尻肉が大きく波打ち、ああんと聞きようによっては艶めかしく聞こえる悲鳴が会場に鳴り響いた。

 全体的に脂肪の多い千鶴の肉体は、どこを蹴ってもプリプリ心地の良い弾力が返ってくる、が、臀部を蹴ったときの手応えは格別であった。これと匹敵するのはバストぐらいだが、レズプレイの時とは違いまさか観衆の面前で乳房を踏みにじるわけにはいかない。 

  (そろそろ、昇天させてあげるわね・・・・)  

 冴子はもう数発、蹴りを入れて若々しい弾力を堪能すると、添い寝をするように千鶴の隣に横たわった。   


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