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 鉄血戦隊ファシズマン    著者:NAZ

引き裂かれた友情 前編
遠くに見える壁が宵闇のように青黒く、白い霧が床一面に垂れこめた、かなり広さのあるほの暗い部屋。奥は階段状に床が高くなっており、最上段には薄いベールで仕切られた玉座がある。下段には臓物でもモチーフにしたのかグロテスクなオブジェが2列、等間隔に立ち並んで玉座へと至る道になっていた。

「デスサッチャーよ。必ずファシズマンを仕留めるというそなたの台詞、偽りはあるまいな?」

玉座から聞こえる――にもかかわらず空間全体、あらゆる方位から聞こえてくるような、低く厳かな声。ベールに写った影は少なくとも大まかに人型をしている。だがその目から放たれる、赤く狂おしい輝きはとても人とは思えない。

「ご安心くださいデモクラウス様。私は短慮な欠陥オーガビーストとは根本から違います」

下段で玉座の前にかしずくのは、裸に小さなプレートを数枚張りつけただけの、露出面積の方が広い鎧を身につけた女剣士。

「ファシズマンは3人揃った時本来の力を発揮します。しかし真に恐るべきは奴らの精神の力。物理的に隔離したところでその絆は断ち切れませぬ」

女剣士はやにわに立ちあがり、冷たく整った顔に不敵な笑みを浮かべ、手の甲を口元にやって高らかに宣言。

「ファシズマンを倒すには、心の繋がりを崩せば良いのです。私の術をもってすれば、脆い人間の心など操るのは造作も無い事。このデスサッチャーが、見事奴らの仲を引き裂いてご覧に入れますわ」


「おー、直ってる直ってる!新品同様ぴっかぴか!」

修理ドックの高速重駆逐戦車ランドタイガーに、嬉しそうに駆け寄るイエローキャノン、勇太。

「ん〜ん、よかったなあランドタイガー」

避弾経始よりも、その強度で敵弾を粉砕する事を考えて、殆ど垂直にそそり立ったぶ厚い装甲板。その堅牢で頼もしいボディにもたれかかり、勇太は愛機に頬擦りをする。

「大事に思ってくれるのはいいんですけどね。それなら壊さないように乗ってくれませんか?ただでさえ予算ぎりぎりなんですから」
「はは、ごもっとも」

整備官に耳の痛い事を言われ、勇太はもたれた身を起こして頭を掻く。先週は仕方なかったが、装甲にまかせた強引な戦術でランドタイガーを傷だらけにした事が、以前にも幾度かあったのだ。

「ま、貴重な予算をつぎ込んだ新兵器も何とか無事だったし、これで一安心ってとこだな」

一歩下がって見上げるように機体全体を眺め、満足そうに頷いていると、通用口からもう一人入ってきた。ファシズマンのリーダー、レッドバルカンこと哲也である。

「よ、おかえり。どうだった?長官の様子」
「もう2、3日で退院。すぐに復帰できるそうだ」
「‥‥よくその程度ですんだな。象が踏んでも壊れん人だ」

勇太は失礼な軽口を叩くが、ともかく喜ばしい事なので明るい表情の2人。その後ふと顔を見合わせ、少し声を落とす。

「あとは恵子‥‥か」


照明を全て消し、窓にもカーテンをかけて昼間というのに薄暗い部屋。休憩時間で自室に閉じこもった恵子はベッドに腰掛け、うつろな目で灰色の床パネルを見つめる。

皆の前では平常通り振舞って心の痛手を隠し通そうとしていたが、常に行動を共にしてきた仲間たちは気付いていた。訓練や任務に身が入らなくなったのではない。逆に身を削るほど懸命で、まるで余裕が無いのだ。

カーテンの隙間から僅かに光が漏れているのを見てふと立ち上がり、閉め直そうとする恵子。だがどうやったって少しくらいの隙間はできる。ぴんと伸ばして隙間を塞いでも、手を放せば緩んでしまってまた光が――
急にやるせなさに襲われ、カーテンから目をそむける恵子。ベッドに突っ伏し、シーツをぎゅっと掴む。

「一体なして、こんげん事に‥‥」

世界を守る戦士ブルーランチャーとして、どんな苦痛にも耐える覚悟があった。事実彼女はファシズマンになるための厳しい訓練や、鉄十字バズーカを使いこなすための地獄のような特訓も乗り越えた。その意志力を支えてきたのは全体の奉仕者たる自覚、己の役割への誇りだったのだ。それが――
戦士として、いや一人の女としても、これほどの辱めがあるだろうか。忘れようとしても、考えまいと思っても、事あるごとに胸にのしかかる重苦しい情けなさ。こんな心の隙間からじわりと染みるような種類の苦痛を受けるとは思ってもみなかった。

「ぐすっ‥‥新潟のおっ母さ‥‥‥」

目頭をシーツに擦りつけ、小さく震える恵子。
常に警戒体勢で多忙なスケジュールの上、頻繁に緊急召集を受けるファシズマン。彼女もあまりの激務で、もう少し休ませてくれと思うことがよくあった。だが今は他に何も考えられないほど忙しくなりたい。崩れかけたプライドを支え、強い自分を守るため。
出来る事なら倒れるまで働きたいがそれは許されない。コンディションを整えるため休むのも仕事のうちである。

「難儀ぃ‥‥助けてよぉ‥‥」

どんな悪にも立ち向かい、身を挺しても弱きを守る、気高き戦士ブルーランチャー。背中を丸めてシーツにしがみつき、すすり泣く恵子。これが同じ人間かと疑うばかりの、幼子に戻ったかのようなか弱い声だった。


柔らかい音の電子チャイムが鳴った。不意を討たれて心の音が瞬間的に早まる。こんな現実逃避の精神退行、絶対他人には見せられない。現実復帰してインターホンで応対する恵子。

「はい?」
「ああ、恵子。差入れを貰ったんだが3人で頂かないか?」

ドアの外にいるのは哲也だった。誰とも会いたくないという思いもあるが、3人でゆっくりできる貴重な機会を壊すのは悪い気がする。断る口実もないので、彼らのためだと思って一緒に待機室まで行くことにした。

待機室では、勇太が急須を洗って茶の葉を入れ替えていた。質素なパイプ椅子でテーブルを囲み、差入れの――本当は勇太がパトロール帰りに買ってきた――生八つ橋をつまんで緑茶をすする3人。
彼らにはあんこの入ったものより、この皮だけの八つ橋の方が人気があった。もっちりした食感にあっさりめの程好い甘味。まぶしたニッキの粉がほんのり甘辛く、鼻腔にいい香りを広げてくれる。このままで上等、手を加えた品は殆どが改悪になっていると布施長官も強く生八つ橋を推していた。


「ふ〜。落ちつくなあ」
「お茶がおいしい。掘りごたつがあったらもっといいのにね」

正直ついて行くのも気が重かった恵子だが、結局来て良かったと感じていた。久しぶりの団欒のひとときで辛い思い出をほんの少し忘れ、和らいだいつもの表情を見せる。
絶世の美女とはいかないだろうが、それなりに整っているし、何より見る者を安心させるような優しい顔立ち。長い黒髪と白い肌から来る育ちの良いお嬢様のような雰囲気に、快活さと暖かみを加えた女性――『お転婆娘』と『元気なお母さん』の中間と形容できるだろうか。

普段の彼女が垣間見えはじめたところで哲也は切り出した。

「なあ‥‥あんまり思い詰めるなよ」

おい、いいのか?と勇太が思わず目をやるが、構わず哲也は続ける。

「3人のコンビネーションあってこそのファシズマンだ。お前がどうにかなったら戦力は半分以下になってしまう」

聞きながらうつむいてしまった恵子。湯呑を握った手をテーブルに下ろし、コトリ、と小さな音。
(‥‥‥)
傷口を広げてしまったのではないか、と永く噛み締めたいような胸の痛みを覚えて反応を見守る勇太。彼女は手の中の湯呑に視線を落として少しの間沈黙していたが、不意に顔を上げて必要以上に明るく笑って見せた。

「あはは、心配してくれてるの?大丈夫だって、何があろうと私はブルーランチャー。救国の戦士なんだから」

自分を強く保とうとする決心を秘めた、痛々しいほど明朗な声。これは哲也の判断が正しかった。腫れ物に触るようないたわりより、責任感に訴えかける叱咤の言葉の方が有難かったようだ。
その危うい強さに、思わず沸きあがる擁護衝動を勇太はぐっと堪えていた。もっと優しく接してやりたいが、それは彼女のためにならない――エゴでしかないと今はっきりしたのだから。

「あーおいし。お茶おかわり貰っちゃお」

固く閉じこもろうとする己を引きずり出すため、無理にでも体を動かそうと立ち上がる恵子。
(しっかりしなきゃ‥‥)
2人に背を向けて急須に湯を注ぎ、恵子は決意を再確認するようにぎゅっと口を結ぶ。


恵子がおかわりの緑茶を飲み終えたちょうどその時、突如響いてきた耳につく高笑いの声。何事かと3人が窓の外を見ると、空に巨大な立体映像が浮かんでいる。

「あいつは‥‥‥!」

きわどい水着のような淫靡な鎧を着た、女性型オーガビーストの姿。それを見て勇太が顔色を変える。

「ファシズマン、午後3時に東舞鶴港で待つ。来る勇気があるなら、このデスサッチャーが直々にお前たちを葬ってやるわ」

挑発の台詞を残し、空の映像は薄らいで消えた。


「なめた真似しやがって‥‥野郎、叩きのめしてやる!行くぜ!」

握った拳をぶるぶると震わせ、怒りに任せて駆け出そうとする勇太。

「待て勇太、これは罠だ!」
「結構じゃねえか。罠ごとぶっ潰してやる!」

制止も聞かず無茶を吠える勇太。リーダーの責任として勝手な行動を諌めようと、哲也は肩を掴んで強引に引き止める。

「落ち着け勇太。俺たちは個人の感情のために戦ってるんじゃない。多くの人々の命のため‥‥‥公のためなんだぞ」
「だったらオーガビースト放っといていいのかよ!くそっ、もういい俺一人で行く。ちゃんと倒せば文句ねえだろ!」
「出来るのか?前後の見境まで無くした今のお前に」
「何だと、この!」

「ちょっと、やめてよ2人とも!」

喧嘩になりそうなのを見かねた恵子が、2人の間に割って入る。

「一体どうしたの?今日の勇太、変よ?」

感情的になる事はよくあったが、これほど殺気立っている勇太を見るのは初めてだった。彼をなだめようとする気持ちと純粋な疑問とで、彼女は尋ねる。

「あいつは‥‥‥あいつだけは許しちゃ置けねえんだ」

たったそれだけ言い残して部屋を出ようとする勇太。これには恵子も納得がいかず、引きとめようと後ろから彼の左手を握る。

「待ってよ、ちゃんと説明‥‥」
「触るな!!」

瞬間、勇太は恐ろしい剣幕で叫び、止めようとする彼女の白い手を乱暴に振り払う。

「あっ、痛‥‥!」

彼女の苦痛の声で、はっと振りかえる勇太。顔をしかめて手を押さえている恵子を見て、一瞬うしろめたげに視線を落とす。
だが結局考え直してはくれなかったらしい。罪悪感を断ち切るように勢いをつけて扉の方へ向き直り、出ていってしまった。

唖然として見送る恵子の手に、痛みとともに何か違和感が残っていた。



『畜生、約束が違うぞ!その子の縄を解け!』

左手に太い鎖をつけられた若い男が女性型オーガビーストに罵声を浴びせる。見下しきった視線を向けるオーガビーストの足元には、幼い子供が床に転がされている。

『何を愚かな事を。黄色いサルとの約束なんて、守る義務などありはしないわ』

鼻で笑って要求を拒むデスサッチャー。猿轡を噛まされた子供は、そのやりとりを身をよじりつつ涙目で見ていた。
(くそ、もうすぐここにも火が回ってくる!ここまでか‥‥‥)

『しかし本当に乗り込んでくるとは思わなかったわ。お前のその勇気に免じ、慈悲を与えましょう』

高圧的にそう言うと、デスサッチャーは何かを放り捨てるように投げてよこす。キリン、と金属音を立てて彼の足元に転がったのは、金切鋸だった。

(‥‥‥!!)
『上手くやれば5分で自由の身。2人とも助かるわ。ま、せいぜい急ぐ事ね』

手の甲を口に当てて高笑いをし、デスサッチャーは壁に吸いこまれるように掻き消える。姿は消えたが、その哄笑だけがいつまでも響いていた。
勇太は拾い上げた鋸を、震える手に強く握りしめ―――


「勇太が鉄血戦隊に志願する、2週間ほど前の話だ」
「知らなかった‥‥‥じゃあ今の勇太の左手は、義手?」

事情を聞かされて、沸きあがる驚きや同情心に揺れる恵子。哲也は頷いて見せる。

「あいつの気持ちもわからんじゃあないが、ああも熱くなっていては作戦行動に支障をきたす。冷めるまで放っておこう‥‥」
「何言ってるの、それじゃなおさら勇太を一人にしておいちゃ駄目よ!追いかけましょう。自分を見失ってるんなら、私たちで支えてあげなきゃ!」

今度は彼女が反発の声をあげた。防寒用のジャケットを取り、部屋を飛び出す恵子。

「恵子?待つんだ、お前まで!」


既に住民を避難させ、無人となった港を駆け回る恵子。作業員が仕事の途中で避難したため、積み上げられたままのコンテナなどで半ば迷路と化している。

「勇太、どこにいるの?返事して!」

あちらへこちらへと走りまわるうち、恵子は乗り捨てられた大型バイクを見つける。

「セルビアマックスが‥‥‥この近くね」

バイクから一番近くにある、入り口が開いたままの倉庫を覗きこむ恵子。ろくに整理も出来ていない荷物やコンテナに囲まれた中に、黄色と白の戦闘服に身を包んだ、見慣れた後ろ姿。

「勇太!無事だったの、よかった‥‥」

彼女の声に反応して、緩慢な動作でゆらりと振り向く勇太。ミラー系素材のバイザーが、差し込んだ陽光をギラリと反射する。
(!?)
その動きに違和感を覚え、恵子が身構えた刹那、弾かれたように突進してきた。

「そこにいたかああぁぁぁっ!」


いきなり中段の横蹴り、続いてそのフォロースルーで踏みこみ、鎖骨を狙う左拳。下がって蹴りを、のけぞるように拳をかわした恵子だが、かすめた拳で羽織っていたジャケットの肩口が裂ける。

「な、え?一体どうしたの!?」

彼女の呼びかけにもまったく応じず、残した下半身を狙ってローキック。後ろに飛び退いて回避する恵子。彼女が反撃しないのをいい事に勇太はさらに追撃の拳を振るう。

「私がわからないの?勇太!」
「黙れ鬼畜!!」

彼女を鬼畜と罵り、顔面を狙って突き上げるような蹴りを繰り出す勇太。後方に跳躍してかわし、何とか距離を取った恵子はジャケットを振り回すように勢いよく脱ぎ捨て、ブレスレットのスイッチを押す。

「く‥‥仕方ないわ、七生転身!」

彼はゴーグレンに操られているらしい。戦いたくはないが、生身で相手をするのは自殺行為だ。元に戻す方法はあるのか―――何とか一旦無力化して、それから対処法を探すしかない!
光り輝く繊維が彼女の周囲を回るように取り巻き、戦闘服を形作る。鮮やかな青と白のスーツに身を包み、ヘルメットの後部から垂らした黒髪を、ふわりとなびかせ構えを取る恵子。彼女の決意を物語るように、その眼差しを覆うバイザーが、輝く。


どぎつい紅の唇を勝ち誇った笑みで歪め、2階の柱の陰から彼等の戦いを見下ろすデスサッチャー。その左手に、ほのかな輝きを放つ結晶体を握っている。妖しい紫の輝きは反射光ではなく、結晶自体が発光しているらしく、ゆっくりと明滅を繰り返していた。

「仲間どうしで潰し合うがいい、ファシズマン!」


怒り狂った勇太の連撃をあるいは退き、あるいは受け流し、回避しながらタイミングを計る恵子。訓練で幾度も組み手をやっていたおかげで、恵子は彼の手の内を大体知っている。相手がデスサッチャーだと思い込んでいる彼よりも有利である。
流れを大事にする恵子のファイトスタイルに対して、一発の重さを重視する勇太の打撃は、無論速度はあるが動きは大体直線的である事が多い。どちらかというと彼も迎撃型の戦闘を得意としているのだ。一番怖いのはカウンター、我を失って突進するだけならいくらでもやりようはある。

突き出された右の正拳を、右にステップしつつ左手で流す恵子。さらに流す動作をバックスイングに、内側から滑り込ませるように肘を打ちこむ。

「やっ!」

呼気とともに捻り込んだ肘が、見事彼の胸板を捕らえた。この隙にたたみ込もうとはせず、あくまで慎重に身を退く恵子。近距離で打ち合うような消耗戦になったらさすがに勝てない。ブルーランチャーのスピードを活かした一撃離脱が最も確実だ。

戦闘員ならこの一撃で行動不能に追いこめただろうが、ファシズスーツに鎧われた勇太はひるんだ様子も無く攻撃の手を緩めない。殆ど効いていないのか、その振りをしているのか。
ひらりひらりと身をかわす彼女に業を煮やし、至近距離から膝蹴りの乱打を見舞うべく掴みかかろうとしてきた。だがこれは相手が悪い。捕まえた――と思った時には既に彼女は重心を移動し、全身を捻って溜めを作っていた。逆に彼の腕を掴み、気合一閃、投げを打つ恵子。
2人分の体重をかけ、コンクリートに背中から落とす――さすがに仲間を相手に脳天から落とすのは気が引けた。だがタイミングは絶妙、一瞬呼吸困難に陥るほどの威力。さしものイエローキャノンも息を吐き出し、うめく。セオリー通りこのまま関節を取って無力化せんと、腕を固めに入ろうとした恵子だが、不意に危険を感じて即座に離れた。
果たして予感通り、勇太は寝技の完成を防ぐために蹴りをだす寸前だった。彼の下半身は結構柔軟で、頭から押さえ込みに来た相手にでも蹴りを入れる事が出来る。ちなみに彼がこの防御法を練習したのは、恵子が一度組み手でひどい目に遭わせたからである。

跳ね起きてさらに向かってくる勇太。
寝技で取り押さえるのは難しい。ならば立ち技を誘って関節を極めるか、投げで気絶を狙うか――リスクとその後の対処を考えれば後者だ。再び受けに回り、恵子は隙をうかがう。
息を詰めた1セットの連撃の最後に、上段蹴りを出してきた。振り上げられた脚を、彼女は半歩後退してスウェー。空振った右足が彼女の胸板の前を通過――するやいなやいきなり軌道を変化、更にハイアングルに蹴り上げられ、大きく体重をかけて踏み出すように打ちおろされる!やや斜め上から脳天を狙う、必殺の踵落とし。勝負をかけた大技だ。
しかしこれも予想していた。スウェーして即、体をかがめて右斜め前へ踏みこむ恵子。再び空を切った脚を下ろしきる前に横から組み、全体重で押し倒しつつ右足で腰を払う。立っていられない限界近くまでよろめかせ、瞬間残った左足で跳躍。

「たあっ!」

空中で半回転してもろともに落下。今度は遠慮無しに後頭部から叩きつけた。ヘルメットが無かったらコンクリートが血まみれになったに違いない鈍く、しかも響く音。
防具ごしでもこの種の衝撃はしっかり浸透する。まず脳震盪を起こして立てまい――そう思って離れようとした刹那。彼女の後頭部を狙い、蹴りが飛んできた。

「えっ!?」


さすがに油断があって身を引くのが遅かった。完全に回避は出来ず、咄嗟に首をすくめて肩で受ける恵子。ブーツの爪先が食いこんだ痛みを堪え、間合いを離す。
これには彼女も驚いた。急所を外して助かったが、痛めつけられた上に寝転がったまま蹴り出して、なお凶器の威力。

「へっ、効かねぇなあ。んなもんで、俺が参ると思ったか!」

うそぶきながら立ちあがる勇太。効いていない筈はないが異常な気力に支えられ、未だ健在とばかりに構えて見せる。

(駄目だわ、ただでさえ防御力の高いイエローキャノンを――それも手加減して気絶させるなんて)
相打ち狙いを多用する勇太の性格に合わせ、彼のスーツは高い防御力を発揮するようセッティングしてあるのだ。
(桔梗グラブを使えば気絶させられるかもしれないけど、勇太を傷つけてしまうし‥‥‥)
彼女が迷っている間にも容赦無く、敵意剥き出しで殴りかかる勇太。だがさすがに足にきているのか、下半身がついて来ていない。外側にステップしつつ流し、そのまま腕を絡めとる恵子。可哀想だが関節を外そう、と体を密着させようとした瞬間、膝蹴りがきた。
(‥‥!)
慌てて飛び退き、間一髪これもかわした。腕一本を囮にして反撃――訓練中の彼が時々やってくる手である。彼はこの『デスサッチャーとの戦い』に慣れてきつつあるようだ。このままだとこっちも危ない。回復される前に今、勝負を決めるべきだ。
脇腹に掌打を入れて突き離し、後方へ飛びすさって距離を取る恵子。勇太はふらふらとよろめき、打撃を受けた脇腹を庇うように彼女に背中を向ける。ここぞとばかりに武装使用制限を解除するポーズを決め、ブルーメタリックの桔梗グラブを装着。

「ごめん、勇太!」

掴みかからんと彼女が大きく踏みこんだその刹那。突然勇太の動きに俊敏さが戻った。イエローキャノンの個人武装、菊花ナックルを握り込み――背中で隠して使用制限解除のポーズを取っていたのに気がつかなかった――振り向きざまに全体重をのせた正拳が繰り出される。
(!?)
よろめいたのは誘いだったのか‥‥避けきれない!恵子は反射的に胴体のガードを固める。だが重加速瞬衝ナックルを握りこんだ正拳は、彼女の空いた顔面に向かって突き入れられた。

「阿呆がぁ!」
「きゃああっ!」

もろにテンプルに決まってしまった。鋭い破壊音が響き渡り、ヘルメットに亀裂が入る。鋼鉄以上の硬度と柔軟性を誇る特殊ネオナチル樹脂のバイザーがガラスのように砕け、吹き飛ばされる彼女とともに破片がきらきらと宙を舞った。
壁に叩きつけられた瞬間、彼女のスーツが弱々しく輝き、細かい繊維の断片となって虚空に消えた。
ファシズスーツは致命的な打撃を受けた際、着用者を守るため自ら分解して少しでもダメージを押さえる緊急防御機能を備えているのである。
一瞬遅れてずり落ちる彼女の体。
(しまっ‥‥た‥‥‥)
忘れていた。空手でも禁じ手とされ、訓練時には絶対に使わない顔面への正拳。彼はオーガビーストを相手にする時にのみ、その禁を破るのだ。
急速に目の前が暗くなっていく。朦朧とする意識を繋ぎとめようとする義務感、使命感すらもぼやけ、やがて―――途絶えた。

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