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 序章 その2

 一学期の終業式も終わり、教師達は職員室で今夜の学期納めの飲み会の話で持ちきりだった。
みな何事もなく一学期を終了できた安堵感と開放感で幾分浮かれているように見える。

 「えー、会場は先日も言いましたが、駅前の松木ビルの二階の鯖煮屋です。参加希望していた方で来られなくなった方は、私の方に連絡して下さい」

 飲み会の幹事役を任された大石肇の声が職員室に響く。
大石は採用されてから三年目の若手教師で、五年一組を担任している。鼻筋が通ったすっきりとした二枚目だが、口元がいつも笑っているように歪んでいるので、幾分軽薄そうな感じを受ける。教師でなかったら、ヒモでもしていそうなタイプだ。

 「大石先生」
 大石の机の前に紺野顕子がやってきて声をかけた。

 「え?紺野先生、今晩出られないんですか?」
 大石が残念そうな声を大げさにあげる。顕子は申し訳なさそうに微かに笑みを浮かべながらこくりと頷いた。

 「ええ。ちょっと、実家の両親が今晩家に来るんです」
 「ああ、そうなんですか。いやあ、残念だなあ。先生とは夏休みの林間学校の話も出来るかと思っていたのに」

 二人は同じ五年生を担任しており、また年齢も近いので、比較的仲が良かった。幾分大げさすぎるような大石の軽薄なリアクションに、少し退きながらも、顕子は、「そのお話はまた改めて」と言いながら大石の席の前を後にした。

 その後ろ姿を見る大石の顔ががらりと変わる。それまでの幾分軽薄そうながら、端正に整った顔立ちは、限りなく酷薄そうに歪んだ。

 ……畜生!今晩こそものにしてやろうと考えていたのに、お高く止まりやがって!
 終業式のために、日頃は滅多にはかないタイトスカートをはいた顕子の小振りだが形のいい臀丘に熱く鋭い視線を這わす。

 大石は紺野顕子を、この小学校に初任としてやってきてからずっと狙っていた。学生時代は名うての遊び人としてならした大石は、たまたま合格した小学校教員になったのだが、正直、小学校教師という職業の堅さに疲れていた。また、もともと性格はいい加減なのだが、その場その場の切り抜けが上手いために、変にPTAや校長に気に入られてしまい、仕事は増えていく一方だった。そんな生活に耐えきれなくなり、辞表を書いて学校に持っていった日に、顕子は姿を初めて大石の前に現したのだ。もちろん、顕子の若々しい張りのある白い肌や、すらりとした肢体、さらに控えめながらも十分整った顔立ちと、今まで見たこともないような豊乳に、大石の教師を辞めるなどという考えは一気に消し飛んでしまったのだった。

 人のいい校長は、大石が辞表を懐に忍ばせつつ、初対面の女性を心の中で素っ裸に剥いているとも知らずに、笑顔で顕子に大石を紹介した。

 「紺野先生、こちらが大石先生です。あなたの一年先輩にあたりますから、何かと頼りになると思いますよ。そうですよね、大石先生」
 校長の邪気のない表情に、大石は幾分辟易しながらも軽く笑って頷いた。

 「大石先生、紺野先生は教員採用試験の成績が今年度トップだった素晴らしく優秀な先生です。しかも、学生時代には空手の方で全国大会で入賞なさるなど、まさに文武両道。そうした先生の初任校に我が校が選ばれたというのは、非常に喜ばしいことです。ですが、現場には現場にしかわからないことが多くあります。大石先生にはそういった意味でも紺野先生を助けて欲しいのです。昨年の今頃も、大石先生自身、先輩の諸先生方にお世話になったように、紺野先生の相談に乗ってあげて欲しいのです」

 大石の態度は、校長には真剣味がないと感じられたらしかった。幾分表情を改まったものにして、いかに紺野顕子が大石のようなぎりぎりの成績で合格した教師と違うのかを説明する。

 ……そういうんだったら、俺に仕事を回すなよ
 大石は心の中で毒づきながらも、神妙な面もちで頷いた。

 「そうですか。そんな優秀な先生の先輩になれて、僕も緊張します。頼りない先輩だとは思いますが、どうかよろしく」
 学生時代何度と無くナンパを成功させてきたとびきりの笑顔で、大石は顕子の前に右手を差し出した。

 「え、そんな、こちらこそ、どうかよろしくお願いします。大石先生」
 顕子がはにかんだ様な笑顔で大石の右手に自分の右手を重ねてきた。

 以来、大石が小学校教師という糞面白くもない職に就いているのは、偏に顕子をものにするためだけだった。だが、顕子はこの一年と四ヶ月間、全くと言っていいほど大石に隙を見せなかった。

 飲み会は二次会以降はほとんど出席しないし、休日に誘いだそうとしても、用事があるからと一蹴されてしまう。しかも、断り方が嫌みが無く、大石自身うやむやにされてしまっても、その場においては何となく許してしまうのだ。

 四月からは同じ学年を担任し、チャンスはあるかと思えたのだが、この四ヶ月間何ら変わることはなく、顕子のガードは堅いままであった。

 ……知ってるんだぜ!両親なんて言いながら、男と会ってるってことはな!クソ!

 自分の席に腰を下ろした顕子の横顔にも、大石は鋭い視線を向け続ける。大石は、顕子に交際している異性が居ることを知っていた。話好きで有名な同僚の中年女教師が飲み会の席で強引に顕子本人から聞き出したのを大石も聞いていたのだ。学生時代からつきあっている空手部の先輩だということも知っていた。さらに、休日に顕子のマンションを張った時には、その男性と仲良く肩を並べて外出する姿も見ていた。その前日に映画に誘った大石には、古い女の友人が遊びに来るからと言って断ったのにだ。

 ……大方、今晩もばっちりはめまくるんだろうが!そのでかい胸をつかって、どんな風にあいつを喜ばせるんだ?畜生!

 脳裏に裸身の顕子の姿が浮かぶ。一度だけ見たことのある顕子の彼氏がその裸身を好きなように弄んでいる。背は高く、筋肉も発達したどちらかというとマッチョ系の男だ。大石は昔からやせぎすな自分の体格にコンプレックスを抱いていた。それだけに顕子の彼氏のたくましい体つきが許せないのだ。

 ……畜生!畜生!畜生!
 大石はいつもの軽妙さを無くして、ぎらついた顔をして顕子をにらみつけている。顕子はその視線に気づいているのかいないのか、机の上の書類を黙々と読んでいる。その取り澄ました顔に、恐怖の色を浮かべさせてやりたいと大石は強く思った。

 その瞬間、大石の胸の奧で、ある一つの考えが生まれ出た。
 ……そうだ、あの男に会わせる必要はない!そうだ!
 大石はそれまでの表情とは打って変わって、実に心地よさ気に相好を崩した。
 ……クククク、顕子!今までオレを軽く扱ってきたことを後悔させてやるぜ!
 大石は自分の心の中だけで顕子に宣戦布告したのであった。


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