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  「西へ」 −バーシア アナザーエンド−             場面4

■ フェルナンデス  2月10日  14:00 公園

冬晴れのある日、3人で近くの公園に行ってみた。
こんなに天気のいい朝なのに、湿っぽい部屋にこもっていては気分が腐ってしまう、外にでも行こうと提案したら、意外と乗ってきた。
ミサキを遊びにも連れて行けなくて、申し訳なく思っていたようだ。


【[主人公]】「ミサキに申し訳ない、か」

ミサキと戯れるバーシアを横目で眺めながら、暖かい陽光とは全く逆の方向に気分は沈みこんでゆく。
バーシアが申し訳なく思っているくらいなら、オレはどうなんだ?
こんな状態で幸せにしてあげているなどど言えるものだろうか?
逃亡の身で、安宿を転々としているような情けない男なのだぞ、オレは。
バーシアは文句も言わずについてきてくれるし、ミサキも聞き分けの良い子だ。
そんな二人の優しさに、いつまでも甘えていてはいけないと思う反面、現状を打破できないもどかしさ。
そんな堂堂巡りのマイナス思考を、バーシアのきびきびした声が中断させた。

【[バーシア]】「ダメよ、ミサキ。 あんまり遠くへ行ったら」

見ると、覚えたてのハイハイで、ミサキがちょこまか動いている。
それを見つめるバーシアの顔も、慈愛に溢れる母親のそれだ。

【[ミサキ]】D「だーだー、ぶーぶー」

狭苦しい宿屋と違って、ミサキも伸び伸びはしゃいでいるようだ。
段差のある階段の淵まで這って行った所で、バーシアが慌てて抱え上げる。

【[バーシア]】「この子も一段と重くなったみたい」

そう言うと、うれしそうに微笑みかけてきた。抱いてみて、とミサキを預けてくる。
こんな様を見ていると、本当に母親らしくなってきたな、と実感する。
ほんの少し前までは、笑うこともできない少女だったのに、よくぞここまで、とミサキも舌を巻くような成長振りだ。
しかし北のすさんだ暮らしが歪めていただけで、バーシアは本質的には優しい少女なのだろう。

【[バーシア]】「いい気持ちね」

降り注ぐ陽光の下、気持ち良さそうに、うんと伸びをするバーシアを見て、思わず息をのんだ。
付き合い始めた頃は、美しい中にもどこか影のある顔立ち、言うならば夜に咲く花という風情だった。
しかし実際のバーシアは、このように生命力溢れる力強さを秘めた少女だったのだ。
それが、暗闇の呪縛から解き放たれ、本来の自分を取り戻し、輝きはじめただけなのだ。きっとそうなのだ。そうに違いない。

【[バーシア]】「さっきから何もしゃべらないな…どうかしたのか?」

押し黙ったままのオレの顔を怪訝な顔で見つめてくる。

【[主人公]】「ふっ…変わらないのは話し方だけ、か」
【[バーシア]】「ん? どういう意味だ、それ?」
【[主人公]】「いや、何。ミサキだけではなく、オレにもたまには優しい言葉の一つでもかけてもらいたいということさ。夜だけではなく、ね」
【[バーシア]】「フン!」

何を昼間から話出すのか、と少し顔を赤らめ、そっぽを向く。
中央にある池には、何羽かの水鳥が舞い降りて羽根を休めている。
親子なのだろうか、仲良さそうに並んで水上を泳いだり、毛繕いをしている鳥もいる。

【[主人公]】「親子…か」

バーシアは、オレの手から抱き上げたミサキに甲斐甲斐しく世話を焼いている。
オレの手の中だと落ち着かない様子だったミサキもバーシアに甘えて、きゃきゃとうれしそうにはしゃいでいる。

【[主人公]】「初めて会った時からは、まるで考えられない豹変振りだよな」
【[バーシア]】「ほぉ…最初はワタシのこと、ドウ思った?」
【[主人公]】「名前すら教えてくれなかったからな。とんでもないひねくれもの、と」
【[バーシア]】「ふーん」

北との戦闘の末に捕獲したバーシアに対し、行った最初の”尋問”を思い出す。
憎しみを込めて叩きつけられた嘲りと高笑い……あの頃から比べると、確かに隔世の感がある。
バーシア…本当に君は……
いかんいかん、バーシアの横顔を見つめていると、つい本音を漏らしたくなる。
これ以上、コイツに弱みを握られたら、どうなることか。

【[バーシア]】「キャッ!」

バーシアが、低い悲鳴に近い声をあげたので、何事かと見てみると、ミサキがバーシアの胸に顔を埋めて、もぞもぞ動いている。
お腹が空いて来たのだろうか?

【[主人公]】「ミサキの奴、ミルクでも欲しがっているんじゃないのか?」
【[バーシア]】「そうね……ハイハイ、ちょっと待ってね」

バーシアは、ミサキをあやしながら持ち合わせた哺乳瓶を手に取り口に含ませる、ミサキもうれしそうにコクコク飲んでいる。
すっかり母親役が板についてきたようだ。
”母親役”……そう、バーシアはミサキの実の母親ではない。ミサキはオレ達が逃亡中に助けた戦災孤児である。
ミサキが昔、実母にしてもらった思い出からか、今でもお腹が空いてくると胸をまさぐり始めるが、バーシアの胸から母乳が与えられることはない。
バーシアが心の底からしたくても、出来ない体にされているからだ。
北での淫靡な肉体改造の結果、バーシアは子供を産めない体にされてしまった。たぶん支配者が、幾ら中出ししたとしても、決して孕んだりしないように…という意味だったのだろう。
しかしそんなくだらない一時の欲望が、バーシアにこの上ない暗い影を落とし、今も苦しめつづけているのである。
もちろん気が強いコイツの事だ。決して顔に出すことはないがな。
バーシアの澄んだ横顔を見ながら、オレはそんなとりとめのないことを考えるのであった。

太陽の位置のすっかり高くなっている。
強さを増した優しい光が、オレたち3人を包みこんでいる。
ミサキとバーシアの笑顔に囲まれたながら、そんな心配事を忘れて午後のひと時を過ごしたのだった。

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