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 第一話:見知らぬ罠

(時代背景)20XX年、不況のあまりもの長期化と欧米企業の対日攻勢により日本はついに経済が完全に破綻した。残ったのは倒産したかつての大企業と失業した労働者の山であった。弱体化した日本を陣営に組み入れようと虎視眈々と狙う欧米や中国さらにはアジアの国々に対して日本政府はあまりにも無力であった。一国の危機を憂える皇国の民を自称する勢力は欧米列強の排除を訴え決起し、帝都東京に集結した。一方その日の食事にも困った一般大衆は、各地で暴動を引き起こし、左翼勢力の扇動もありこれがついに「革命軍」を自称。京都を根拠地とする西日本を占拠するにいたった。同年右派勢力は「真日本帝国」建国を宣言、同じく左派勢力は「日本共和国」建国を宣言した。その後互いにけん制して相手には負けまいとする政策と、元から日本人に備わっていた勤勉さのため両国は飛躍的に復興を遂げていく。しかし建国当初こそ互いを敵国とみなし憎み合うことを忘れることはなかったが、次第にそうでもない人間が現れ始めていた。戦争を自分の利益にしようという....

ここは真日本帝国特務機関本部ビル。

静香は前回の任務成功以来3ヶ月ぶりにこのビルを訪れていた。組織に属しながらもこれだけブランクがあったのは、成功報酬がわりに特別休暇をもらっていたこともあるが、それは静香自身気になることを調査するためだった。
この国は病んでいる。それは帝国内部にも内通者が存在することだった。
もともと共和国とは同じ日本人どうしなのだ。なんらかの事情があるものもいるのだろう。
しかし人一倍正義感の強い彼女はそれを黙って見過ごすことはできなかった。
早めにその目を摘み取っておかねば。それもこの中にいる...
彼女はじっと本部ビルを見あげていた。

南条静香・27才。
すらっとした長身に目元のくっきりした輝く美貌、肩までかかる髪という外見だけをみるとどこかのモデルかと思わせるところがあったが、ピンと張りのある発達した下半身の筋肉やしなやかで流れるような身のこなしをみると、その肉体が鍛え上げられたものであることがわかるはずだ。数多くの任務のほとんどを成功に収めた”超”がつくほどのスーパーエージェントである。それも帝国への愛国心からなせるわざであった。なんとしても共和国に打ち勝ち、国の安定を取り戻したい。それが彼女の切実なる願いだったのだ。政府高官の娘として生まれた彼女は小さいころ、両親を共和国の工作員に暗殺されていたためだ。それが諜報機関に入るきっかけともなっていた。

「失礼します。」
静香は作戦部長の部屋に入っていった。

「ごくろう。」
机に座ったまま作戦部長の時田はゆっくり顔を上げ、静香をなめるように見つめてきた。
静香は上司とはいえ、この男がどうも好きになれなかった。
彼は静香を露骨に性の対象としてしか見ていないところがあったからだが、実はそれ以外にも決定的なことがあった。調査するにしたがってこの男が敵に内通しているらしいことがわかってきたためだ。衝撃的な事実だったが、もちろん上司だとて容赦せず既にに手は打っておいた。

「休暇は楽しめたかね、南条君。」
時田は静香の体をじっくり見ながらいった。

「ええ、収穫のある休暇でした。」
どうせいやらしいことを考えているんだろう、早く用件をすめせてよといらだちながらも、静香はきっぱり言った。おかげであんたのしっぽもつかめたしね。

「そうかね、では早速だが君にやってもらいたい任務がある。その資料を見てもらいたい。」

時田から手渡された資料には、共和国内に潜入し、情報収集にあたるというものだった。なんでも敵政府高官どうしの会談の内容を盗聴せよということだ。こんなものその場所に忍び込めば済むことだから、静香にとっては簡単だった。まあ作戦遂行にあたりサポートがいないのは気にはなるが、敵国潜入は秘密裏が原則なので当然といえば当然かもしれない。

「会談予定は3日後なので、準備をして行ってほしい。まあ、今までの君の働きならどうってことはないだろうが。ふふ」

「はい、わかりました。」
そう言うなりこんなところに一刻も居たくない静香は装備品一式を受け取ると、きびすを返して退室しようとした。

「ああ、ちょっと南条君。」
肥満体を揺らしながら下品な笑いを浮かべて静香を呼び止めた。

「ところで一緒に夕食でもどうかね。」

「いえ部長、私はこれから用がありますのでお先に失礼します。」
むっとしたような視線を投げつけ、静香は毅然と言い放った。
冗談じゃない、こんな奴と付き合ったら夕食だけで済むわけはないわ。実は以前にもしつこく誘われて上司だからということで一回だけ食事したことがあったが、飢えた狼のようにせっかちであしらうのに苦労したのだった。食事中にも恋人は居るのかとか夜は寂しくないかだとか、平気でプライバシィを覗いてくる。静香自身もちろん大人の女性として経験がないわけではないし、これだけの容貌を持っていれば言い寄る男も数知れなかった。しかしその中からはなかなか燃えるような恋愛に発展するものはなかったので、最近つきあっている人はいなかった。

静香は、さも残念そうに見つめる時田を無視して出ていった。

「ふん、小娘が。」
きゅっとつりあがり、形よくゆれる静香の尻を見ながら毒づいた。
「最後くらいは楽しませてやろうと思ったのに、残念だな。もっとも向こうではもっと楽しいことがあるかもしれんがね。」
聞こえないようにつぶやいたその目には淫靡な輝きがやどっていた。

「せんぱーい」
部長室をでたところで静香は、後輩の彩音に呼び止められた。
見ると手を振りながらこちらに走ってくるところだった。
21才という年のわりには幼いところがある。しかし大きなあいくるしい目をチャームポイントとしたあどけなさも残る容貌は男性部員には人気が高くファンクラブも出来るくらいの勢いがあった。が本人はなぜかそういうのには興味がないようで、もっぱら静香につきまとっている。

まさか、「おねーさま」とか言い出さないわよね。
モワモワと変な想像をしてしまうくらいだが、もちろんそんなそぶりはない。

「静香先輩、しばらくぶりです!どうでしたかお休みは?」

同じ質問をされるのも時田と彩音じゃ気分がまったくちがう。
「一緒に海に行って以来ね。ええ、元気にしていたわよ。」

彩音と話していると静香も楽しくなってくる。いつもそうだった。
しばらく談笑を続けているいるうち、彩音が目をクルクルさせて
「いっけなーい、書類届けてこなくっちゃ。じゃあまた後で!」
と来たとき同様足早に去ってしまった。

「なんなの、もう。ま、あの娘らしいかな。」
憎めない存在だった。

そのまま静香は長官室へ向かっていた。
例の不正に関する件で、静香は調査内容をすでにまとめあげ、長官に告発していたのだ。もちろん時田のことも明記してある。トップエージェントとして面識もあったが、一応アポはとっておいた。

一礼して静香が部屋に入ると、やさしげな表情を浮かべた長官の真鍋が出迎えた。

「そちらにかけたまえ。」
ソファーにはさまれたテーブルを指差した。

そこに座るとテーブルの上に静香が提出した資料を置いて、真鍋は続けた。

「報告書は読ませてもらったよ。非常に興味深い内容だ。
帝国内部で共和国にひそかに物資を供給しているものがいる。その大規模な横流しが発覚しないのは本来告発する立場に居るべき我が諜報部にも内通者がいるということか...」
ロマンスグレーの髪のしたの端正な顔を曇らせる。

「しかもそれは、時田作戦部長です。私もまさかと思いましたが、調査したところ間違いないと思われます。」

「うむ、部長としての立場を利用して、わざと黙認していたというわけか。たしかに資料によると時田部長が共和国のエージェントと接触していたのはほぼ間違いないようだ。」
いくつかの証拠写真を見ながら、ふう、とひとつ息を吐き出してから
「組織内部に裏切り者がいるとは思いたくないが、事実とすれば大変な事態だ。これは慎重に処理しないといけないな。早速時田君から事情聴取を行ってみよう。それまでこれは預からせてもらおう。」

「はい、よろしくお願いします。私はこの国にそんな卑怯な人間がいることが許せません。腐った果実は処分すべきです!」
静香は顔に怒りをにじませた。

その次の日、時田は長官室に呼び出された。
時田は心持ち緊張しているようにも見えたが、部屋の中に入ると表情が変わった。

「私の元に彼女は来たよ。」
真鍋が切り出す。

「やっぱりそうですか、それで?」
「帝国内部に共和国に横流しを行っているものがあること、それにそれを見逃している君が共和国の内通者だといっておったよ。それをなんとかしろと。」
さもつまらなそうに淡々と続ける。

「君に命令しているのが私だともしらずにね。」
と冷たく笑う。そして静香が苦心して作った資料をシュレッダーに投げ込んだ。

「戦争なんかだれかが得をするからやるんだ。まじめに戦って死ぬ奴は馬鹿だよ。彼女にはそこらへんがわからないようだな。それにもう知りすぎている。」

「そうですね。」

「予定通り彼女は処分するしかないだろうな。」
真鍋の目が冷たく光る。

「はい、すでに指示どおり南条には共和国内に潜入するよう偽の指令を出しております。こちらから共和国には密告してありますので作戦ポイントであるビルに入ったが最後十重二十重の敵工作員に囲まれて身動き取れなくなるはずです。念のため単独で行動するよう指示を出してますし、装備も情報収集ということでほとんどもたせていません。いくら南条といえども丸腰に近い状態で武装した何十人もの敵工作員とはやりあえないでしょう。」
楽しそうに時田はいう。

「でも彼女は優秀なエージェントだ。それに鍛え上げられた肉体がある。」

「その点も手は打ってあります。常用する薬にちょっと仕掛けをしておきましたので。」

「そうか、それならいい。ふふ、捕らえられたあとの処理は共和国にまかせよう。ほっといても今まで苦渋をなめされられたトップエージェントにたっぷりその罪をつぐなわせるだろう。その体にな。」

「たしか共和国には対特殊工作員専門の優秀な女性尋問官がいるとか。すさまじい色責めのテクニックを持っている上、残忍で許しを請う工作員をも容赦なく責め嬲り、気が狂わされた者も多数いますからね。」

「南条君くらいなら特に念入りに尋問されるだろうな。」

「帝国の内部情報を漏らして、彼女自身が裏切り者にならないようにせいぜいがんばってもらわないと、ヒヒヒ。」

「がんばりすぎて頭がおかしくなったりするかもな。」

二人はあやしく笑いあった。

その夜、彩音がマンションに押しかけて来ていた。またしばらく会えなくなるといったらいてもたっても居られなくなったらしい。

「静香せんぱーい、絶対帰ってこないといけないですよー。」
「わかったわ、彩音ちゃん。」

少し酒がまわった彩音はろれつが回らなくなっている。

3日後、静香は、予定通り共和国に潜入した。
そこに自らの運命を変える罠が待ち受けていることもしらずに。


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